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第一章 大領地の守り子
11ちょっと変わった魔術師さんです
しおりを挟む「用意するから、ちょっと待っていて欲しい」
「はい」
わたくしはお兄様が魔法陣を確認している間に、部屋の中をぼんやりと見つめて待ちます。
あ、あそこにお母様とお父様のお若い頃の肖像画が飾ってあります。前来たときは気がつきませんでした。
それは掌二枚分ほどの小さな絵でした。
あれ……、お母様の髪色が灰色で描かれていますね……。
お母様の髪色は豊富な魔力量を表すかのような黒のはずですが、肖像画には灰色に描かれていました。なぜだろう、と考えているとヨーナスお兄様から声がかかります。
「リジェット、用意ができたぞ」
「あ、はい! すみません」
ヨーナスお兄様は床に魔法陣ばさっとを広げ、わたくしに魔法陣の使い方を説明してくれました。
「リジェットこの針に指を当てて少しだけ血をつけるんだ」
見ると魔法陣の中心には銀色の針が伸びている部分がありました。そこに人差し指をチョンとのせ血をほんの少しだけつけると視界が歪みます。
「とりあえず、この魔法陣の上に乗ってほしい。
リジェットはほとんど魔力がないから、私の魔力主導で行くぞ。
くれぐれも私の手を離さないように」
「ちなみに離したらどうなるのですか?」
つい好奇心で聞いてしまうと、ヨーナスお兄様はこの世のものでないものを見たときのような、いやそうな顔をしました。
「時間と時間のあわいに落ちる。
そこはどんな人間であっても介入することはできない場所だ。
もう二度とこちらに戻って来れないと思え」
あまりに冷たく、淡々と言われたので背筋がゾクッとしてしまいました。
いくら好奇心が旺盛なわたくしであっても、二度と戻って来れないような場所には行きたくありません。
わたくしはヨーナスお兄様の手をギュッと力一杯握りしめ、魔法陣の上に足を踏み入れました。
ヨーナスお兄様にも腕を掴まれ、強い突風を体に受けて驚き、目の前がいきなり光に包まれたかと思ったら、次に目に入ったのは私が知らない街の風景でした。
これが魔法陣を使った、転移ですか!
目の前に今まで体験したことのないファンタジー展開が起こるなんて!夢みたいです!
私は初めての体験にドキドキワクワクで飛行機に初めて乗った小学生のようにテンションが上がってしまいましたが、ヨーナスお兄様は特になんとも思っていないような通常モードです。
もしかしたら、騎士学校ではもっとすごい体験をしているのかもしれません。ちょっとずるいな、と思ってしまうが、先に生まれた兄なので仕方がありません。
「ここはどこですか?」
キョロキョロと辺りを見回しますが、見たことのない街のようです。オルブライト領直轄の街より、落ち着いた雰囲気の街をしています。街の歩道は舗装されていませんし、お店も少し少なめです。
「オルトブライト家の領地で屋敷の東端に位置するミームという街だ。農村が近いから牧歌的な雰囲気があって落ち着くだろう。
件の魔術師は腕はいいが争い事が苦手でな。王都に住めるだけの財力はあるくせに、こういう土地を好んで暮らしている変わり者なんだよ」
確かにそれは変わり者かもしれません。王都は中央にある王族直轄の街で、この国に住む国民にとっては一度は訪れたい夢の街です。流行は最先端で、なんでも揃っているし、インフラ整備も地方と比べ物にならないくらい整っています。一度住んだら戻れない、と言われているところですもの。
ですが、みんなが憧れる都市なだけあって、そこで暮らすには、とてつもないお金がかかります。一度は王都に移り住んだ者の大半は金が足りず、夢破れて地方に戻ってくると聞いています。
そんな王都に住めるだけの経済力を持っているにもかかわらず、こんな辺境の地で暮らしているなんて、不思議な人ですね。
まあ、確かにこの街はゴミゴミしてないし、なんだかのんびりしていて暮らしやすそうですけども。
街を見回すと、店が立ち並んでいるが、なんだかみんなのんびりした気質のものが多いようです。オルブライト直轄地の町では良く見かける、声を張り上げて、売り込みをしている商人は見当たりません。店の前を通っても声はかからず、店の中を覗いてもいらっしゃい、静かと一言声をかけられるだけでした。
ガツガツしたくなくて、のんびり暮らしをしたい人にはちょうどいいのかもしれません。
そういえば、魔術師を尋ねるのに手土産を何も用意していなかったことに気が付きました。行けません!淑女たるわたくしが大事なことを忘れておりました。
「ヨーナス兄様、わたくし何も手土産を用意しておりませんでした!
わたくしとしたことが……。気が回らず申し訳ありません……」
「それなら問題ない。リジェットが商人に作らせたハーブティーを手土産に持ってきたからな」
ヨーナスお兄様の手には私が日頃愛飲しているハーブティーがありました。プレゼント用に軽くラッピングが施されています。ヨーナスお兄様がラッピングしたのでしょうか? あんな強面の顔のヨーナスお兄様が訓練で豆ができた無骨な手で綺麗にラッピングをかけるなんて……。ちょっと意外です。
そのお茶は以前、剣の修行で森に入ったときに見つけたものでした。カモミールに似た植物で毒がないか調べた後、乾かしてお茶にしたところとても美味しいお茶になったのです。それまでわたくしの家ではハーブティーはあまり手に入らなかったこともあり、お気に入りの一品なのです。
ヨーナスお兄様が大柄な割に細やかな性格で本当に助かりました。
「魔術師はこういうのがお好きだから、きっと喜ばれると思うぞ。もしかしたらリジェットとは話が合うかもしれない。……お? 噂をすると、あそこにいるのは魔術師じゃないか」
私たちの少し離れたところに人影が見えました。長い髪が最初に目に飛び込んできました。地面につくかつかないかくらい長く、ゆるいウェーブをした髪です。
色もなんだか不思議な色をしていて金と緑の間のような、なんともいえない綺麗な発色をしています。あんなきれいな髪色の人を私は見たことがありません。
その人物に近づいていくと、その人がとても大きいことに気が付きます。線が細いので、ぱっと見たところ女性かと思っていましたが、どうやら男性のようです。
わたわたと慌てているので何をしているのかと近づいてみると、紙袋から果物がこぼれてしまったようで、転がる果物を追いかけています。
「わー! 待ってー! そっちに行かないでー!」
とてもあたふたしていますが、全然果物に追いついていません。……こう言ってはあれですが、恐ろしく鈍い方です。
なんだか申し訳ないけれどヨーナスお兄様がいうように優秀な魔術師、というふうには見えないような……。
わたくしが拾った方が早そうなので、小走りでその場に近づき、果物たちをサッサと拾い魔術師に渡します。
わたくしの存在に気がついた魔術師がゆっくりと優雅に顔をあげました。
「えっ!」
その顔を見た瞬間、わたくしは思わず声を出してしまいました。
魔術師は顔も一瞬女性に見えるような、中性的で整った顔をしていました。肌は白く、まるで降り積もる雪のように光と艶を放っています。
鼻筋も通っていて、髪と同じ色の長いまつげに縁取られた深い森のような一言では言い表せないような複雑さを孕んだ緑の瞳がきらりと光る美人です。なんとなく前世の記憶にあった、スフェーンという宝石を彷彿とさせました。日の光の下にいると髪の毛が光に透けて、まるで後光が指したかのように見えます。
オルブライト家の男性とは違った魅力をもつ、儚い系です! 男の人なのにとてもとても美人です! きゃー! いいものを見ました、眼福です!
はっ! ラッキーな気分になってつい盛り上がってしまいました……。美人は見るだけで本当に得した気分になりますよね!
でも、この方、ものすごく大きいです。近づくとその異様な身長の高さがよくわかります。わたくしの記憶にある中の誰よりも背が高いような気がするのです。騎士団長であった、お父様も周りの騎士のみなさんたちより頭ひとつ分大きかったですが、それよりも遥かに大きいです。その割にはとても痩せていて、肉付きがないので、圧迫感は大きい割には感じませんが、それにしたって目立ちました。
身長が大きい分、髪の長さも長いので近くでその髪をみると、ものすごく長いためその毛量が目立っています。まるで布地の元になる色の束を見ているような気分になりました。
「拾ってくれてありがとう、お嬢さん。髪が地面についちゃうから拾いにくくて困ってたんです」
困ったように柔和に笑う魔術師を人目見て、この方がこの街を好む理由がわかった気がしました。
のんびりとした、人の良さそうな魔術師さんはこの街の雰囲気にとても馴染んでいます。
綺麗な微笑みを見せたあと、わたくしの後ろにいたヨーナスお兄様に気がついて、ちょっと驚いたような表情を見せます。
「あれ? ヨーナスじゃないか。どうしたの?」
「昨日、手紙の魔法陣使って、連絡しただろう。妹を連れて今日こちらに向かうと」
「あれ? くるの今日って書いてあったっけ。うっかりうっかり。ごめんね。つい外出しちゃたよ。これから戻るところだったけど。
いやー入れ違いにならなくてよかったね」
……忘れてた?
貴族の約束を忘れるなんて、この魔術師さんはずいぶんいい度胸をしているようです。
もしかしたら、貴族の約束を反故にしても許される高貴な立場なのでしょうか。
いずれにせよわたくしはまだ、この人物についての情報をそれほど与えられていないので、知る余地はないのですが。
「まあ……。そう言うこともありますよね」
魔術師の顔を半目でみながら、ヨーナスお兄様が投げやりに答えました。
この感じでいいんですね……。ヨーナスお兄様が怒っている様子もないので、わたくしはこの方とのやり取りはこう言うものなのだ、と頭にインプットさせました。
魔術師のことをわたくしがぼんやりと観察していると、それじゃあ一緒に家に向かおうか、とこれまたのんびりとした口調で言った魔術師さんが言い、鼻歌を歌いながら歩き始めました。
どうやら、このまま家に案内してくださるようです。
なんだかこの方のペースがうまくつかめません。多分わたくしが今まで貴族として、合わせられる側の人間だったからかもしれません。
魔術師さんには聞こえないくらいの小さな声でヨーナスお兄様に尋ねます。
「この方いつもこんな調子なのですか?」
「ああ、今日は話の展開が早いくらいだよ。いつもはもっとのんびりしてるから、家にそのまま向かってくれないことの方が多いからね。
どっか寄り道しちゃったりね」
客人がいるにもかかわらず、自分の予定を優先させるのですか。それはそれは……。究極にマイペースですね。
……この人に魔剣の製作頼んで本当に大丈夫でしょうか。
なんだかちょっと不安になってきてしまいました。
家へ向かう道中もぼんやりと飛ぶ虫の様子目で追ったりして、足下の石につまずいたりしている、注意が散漫な魔術師さんを見て、わたくしの心の中にはどんどん不安な気持ちが押し寄せてきます。
一応、今回の魔剣制作には私の騎士人生がかかっています。魔力の少ないわたくしが、普通に努力をしただけでは騎士になれるはずがありません。
そこで、期待の飛び道具として登場したのが魔剣でした。
今までに見たことのない、ファンタジー要素の詰まった魔剣があれば、私はものすごく強くなれると勝手に夢を抱いていたのです。
しかし、製作者の魔術師がこんなぼんやりした、争いとは無縁そうな人だとは思っても見ませんでした。
この人が、作る魔剣ってどんなものなのでしょう……。どちらにせよ過度な期待はしないほうがよさそうですね。
わたくしの魔剣作成は前途多難です。
魔術師さんとヨーナスお兄様に聞こえないくらい小さなため息をつくことしかできませんでした。
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