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第一章 大領地の守り子
5二人の強くしなやかな女性に感服です
しおりを挟む何がなんでも騎士になる! そう決めたところまでは良かったのですが、行動に移すのはなかなか難しいようです。
わたくしに対する屋敷のものたちの目は次第に冷ややかになっていきました。
家の誰にも味方をしてもらえない……。そう思うと悲しくなってしまいます。
誰一人としてわたくしの望んでいるものを、応援してくれる人がいない環境に虚無感を抱きながら、ソファにもたれかかったわたくしはラマが用意した紅茶を気怠く飲んでいました。
ふと窓の方を見ると何かが飛んでくるのが見えました。それを薄目で確認したラマは慌てて窓を開けます。飛んできたものは窓から部屋の中に入り、やがてわたくしの腕に止まりました。
小鳥のようにおられたそれは静かに光り、動きを止めました。あ……。これは手紙の魔法陣です。
「誰でしょう? あら、おばあさまから?」
宛先を見ると確かにヒノラージュとおばあさまの名前が書かれていました。
いきなり呼び出されたことに面食らってしまいます。
というのも、実はわたくしとおばあさまは近い親族ではありますが、あまり面識がありません。というかこの世界の貴族たちは家族だからといって、毎日顔を合わせたりするようなことはないのです。お父様やお母様でも、月に二度ほど言葉を交わすくらいの関係性の希薄さですから、おばあさまなんてもっと会うことはありません。
以前に一度ご挨拶をしてきりで、そのあとは一度もお会いしていません。でも顔はしっかり覚えています。お父様にそっくりでしたから。精悍な顔をした方で、垂れ目でマロ眉のわたくしとは似ても似つかぬ顔をしている素敵な女性でした。
はあ……。わたくしのこのふんわりフェイスは本当に誰の血筋なんでしょう。お母様だって、わりときりっとした顔つきをしているのに……。
おばあさまは現在、オルブライト家の屋敷隣に位置する森に面した別邸にお一人で住んでいらっしゃいます。表向きには療養ということになっていますが、もう長くないのだろうというのが、オルブライト家の医師の見立てでした。
お父様達はもうおばあさまがすぐに亡くなるものだと確信しているようで、凍土へ送るための術師をもう確保しておこうという話をしていたのを諜報が得意なラマが聞いたと言っていました。
わたくし達が住んでいるハルツエクデンとその周辺国では亡くなった人々を国々の北に位置する凍土に送る習慣があります。凍土は人間が住むことはできないほど気温が低く、何もない土地だとされています。
そこへ向かうことができるのは、弔いの一族と呼ばれる専門の魔術師のみで、彼らは魔法陣を用いて遺体を凍土に運び出します。
凍土には忍の記憶にあったような墓らしいものはなく、亡くなったらただ打ち捨てられるように葬られるのだそうです。
ここではそういうものだ、と考えられているのでそれについて恐ろしい、だとかおぞましいだとかマイナスの意見が交わされることはありません。
その儀式はこの世界の常識として、ただただ静粛に行われていくのです。
忍として生きた記憶を手に入れると、今までの普通が揺らぎ、常識というものに意を唱えたくなる気持ちも微かに出てきてします。
しかし、それは無駄なこと。自分の道筋に反さない限り、世界が変われば、常識も変わってしまうのだという事をこの身でで感じながら、受け入れるように努力しながら噛み砕いていくしかないのです。
この世界では病気の方と長い時間共に同じ部屋で過ごすと、瘴気が体に移って、健康な人間の体をも蝕むとされています。
そのような考えから、おばあさまはこの家から切り離されるように離宮に追いやられたのです。
そんな扱いをするなんて酷い、と思ってしまう気持ちも多少はありますが、仕方がない部分もあるのでしょう。忍の記憶の中でも病原体を写さぬよう、感染症にかかると部屋を隔離された記憶がありますからね。
手紙の中を開いて確認すると、おばあさまは面会を望んでいるご様子でした。
おばあさま……。体調を崩されてしばらく様子を伺えていませんが、面会ができるほど、体調はよろしいのでしょうか?
手紙の内容をラマに告げると、ラマは心配そうにこちらを伺います。
「リジェット様、わたくしも共に参りましょうか?」
「いいえ。今回はいいわ。わたくし一人でいった方が良いでしょう。瘴気に当たる人間は少ない方があとが楽でいいわ。それに、おばあさま付きの侍女が屋敷まで迎えにきてくれるみたいですよ?」
「ああ、あの呪い子の……」
ラマはそう口に出してしまった後、少し気まずそうな表情を見せました。
呪い子、とは体のなかにある魔力の八属性の魔力のうち、無の要素を多量に含んで生まれた人間の通称名です。
自分に向けられた魔力を無効化する特性を持つ彼らは、あまりにもその要素が強いので子供を持つことができないので呪い、という言葉で表現されていますが、瘴気による腐食を受けないという利点も併せ持っています。
病人がいる貴族の家などで重宝されるほか、聖職者になると高位が与えられるので、決して蔑んだ表現ではないのです。
ちなみに弔いの一族も呪い子の要素を持ち合わせていると言われています。
ただ、弔いの一族は子供を持つので、何が線引きになっているかはわたくしにはわからないのですが……。
「ラマ、この後の予定は?」
「剣のお稽古がなくなりましたから、このあとはお時間がありますよ」
「では、早いうちにおばあさまをお見舞いに行った方が良さそうですね。お連絡お願いします」
「かしこまりました」
返事をしたらラマはすぐに手持ちのお手紙の魔法陣に返信を書き込み、鳥のような形に折り畳み、窓から放ちました。
すると、すぐに返信が返ってくるのが見えました。
「すぐに迎えがくるそうです。リジェット様。玄関に参りましょう」
わたくしは使いの侍女をお待たせしないよう、急いで玄関へ向かいました。
扉を開けると、紺色の髪をした女性が待ち構えていました。この方が噂の呪い子の方でしょう。
女性は優しい鈍色の瞳を持っているのにどこか冷ややかな印象を持つ印象的な美人でした。
あ、この人少しも笑わないんだわ。
普通の侍女であれば、会った瞬間愛想よく笑顔を返してくれますが、この方はピクリとも笑いません。
「お待ちしておりました。わたくしはヒノラージュ様専属の侍女のノアでございます。
リジェット様のお迎えにあがりました」
ノアは無表情のまま挨拶をして、上等な教育を受けた侍女らしく綺麗な一礼をわたくしに向けました。
「忙しいだろうにわざわざありがとう」
「いえ、とんでもございません。
一人で瘴気を纏われた方の元に行くのは危険ですから。瘴気を浴びて、そのまま彷徨ってどこかへ行ってしまう方も稀にいらっしゃいます。案内役がいた方が安全ですよ」
わたくしも知らなかったのですが、あまり耐性のない人の中には瘴気に惑わされて、方向感覚がなくなってしまう人がいるらしいです。
瘴気とはそんなに人体に有害なものなんですね。
その影響を受けないというのだから、この呪い子のノアはとてつもなく価値ある人材なのでしょう。
ノアに先導され、わたくしたちが暮らしている本邸から、森の奥にある別邸に向かいます。
木々に覆われて影を落とされた別邸からは、暗く沈んだ印象をもたらします。奥に入るにつれ、光がだんだん届かなくなっていきます。真昼のはずなのに、あたりは夜のように真っ暗です。
あまりの暗さで足元が見えにくくなったところでノアは持っていたランタンに火をつけました。
その様子があまりにも絵になりすぎて、なんだかノアが死者の国の使いのように見えてしまいます。
しばらく歩くとやっと別邸の前までたどり着きました。そんなに距離はないはずなのに、長い距離を歩いたような疲労感に襲われます。これが瘴気による影響でしょうか? 体調不良とは違う、今までに出会ったことのない倦怠感に首を傾げます。
「入室の前によろしいでしょうか、リジェット様。
ヒノラージュ様にお会いするのに一つ注意点がございます」
「なんでしょうか」
「ヒノラージュ様は全身が瘴気を帯びている状態です。決してヒノラージュ様に触らぬようにしてください」
重々しいノアの声に、わたくしは手をぎゅっと強く握ります。
……この世界ではそれだけ瘴気というものが脅威とされているんだわ。
ノアが別邸の扉を開けた瞬間、わたくしは眉をしかめました。奇妙な匂いが屋敷から漂ってきたからです。
おそらく初めて嗅ぐそれは甘いような苦いような不思議な香りでした。記憶に染み付くような印象的な匂いで、臭いというわけではないのですが、鼻につくこの感じは本能的によくない匂いだという気がいたします。
玄関から真っ直ぐに廊下が続いていて、角を曲がったところにおばあさまの寝室がありました。寝室に近づいていくたびに匂いは強くなっていきます。
「リジェット、よくきてくれましたね」
しゃがれた声でそういったおばあさまは、以前よりもぐっと痩せたような気がいたします。
胸ぐりの開いた艶のある素材のネグリジェから痩せ細って妙にごつりと目立つ鎖骨が見えてしまっています。
起き上がろうとしたところで、クラリと後ろに倒れそうになってしまていたので、慌てておばあさまの元へ駆け寄ります。ノアが無表情でそれを受け止めて、背中にクッションを入れたり体の向きを変えたりして、おばあさまが起き上がりやすい体勢を作りました。
これがおばあさま……。
かつておばあさまはおじいさまが早くに亡くなってしまい、お父様もまだ幼かったので、一人で伯爵家の屋敷を切り盛りしていました。
手先が器用な領民の長所を生かし、手工芸関連の産業を発展させた功績から優れた領主として国の中でも有名な存在でした。
しかし、今のおばあさまからはそんな面影は感じられません。そこには体を悪くした老女が一人、寝ているだけで、かつての栄光は全く感じられませんでした。
「リジェット様はこちらにおかけください」
ノアがベッドの隣に1人掛けのソファを用意してくれたので、そこに軽く腰掛けます。
顔により近づくと、肌の色が浅黒く変化しているのが見え、如何におばあさまが衰弱しているのかがわかります。
「色々と、本邸が慌ただしい時にあなたを呼び出して悪かったね」
「いえ、そんな……」
その言葉の抑揚から、おばあさまはここ数日のわたくし周辺のいざこざを知っているのだと、確信しました。
声の端々からわたくしをいたわるような雰囲気が伝わってきます。
これはおばあさまからも、釘を刺される流れでしょうか? ついつい、そのあとの展開を頭に思い描いてしまい、心を固くしておばあさまの瞳を覗き込みます。
「セラージュに聞いたのよ。リジェットは騎士になりたいのね?」
「……はい。そうです。
おばあさまも馬鹿な夢だと笑いますか?」
答えも聞いていないのに否定されるのを決めつけたように話してしまします。
しかし、おばあさまの紡ぐ言葉はわたくしの想像とは異なるものでした。
「普通の人間ならばあなたを止めるべきかもしれない。
女であれば女らしい立場を全うした方がいいっていうのが正しいのでしょうね。
でもね、リジェット。わたくしはこの家でそれを言えない立場の人間なのよ」
「……え?」
「リジェットはセラージュにわたくしの夫が亡くなったから仕方なく領主仕事を受け持ったと聞いているんじゃないかしら。それは違うの。わたくしはね、リジェット。幼い頃から領主になりたかったの」
おばあさまの呟きにどきりとしました。
「オルブライト家の一人娘として生まれて育って、この家を繁栄させることがわたくしの使命だと思っていたわ。
生まれた頃から領主になりたかった。そのために必要な知識はいくらだって身につけたし、努力もしてきたわ。
だけど、この家はあなたの祖父であり、わたくしの夫であるサラフィーユが入り婿となって引き継ぐことになってしまった。
その決定にわたくしはどれだけ運命を呪ったかわからないわ。どうしてわたくしに託してくださらないのって」
おばあさまの手の震えから、隠されていた思いが滲んでいるような気がしました。
「でも、諦めずに、腐らずに生きていたら、運のつきが回ってきたのよ。サラフィーユが病気で急死して、セラージュもまだ幼かったがために実質的にわたくしに領主の座が回ってきたの。
諦めなければ、夢が叶うこともある。わたくしはそれを実証したのよ。……例えそのせいで、体が瘴気に蝕まれてもね」
お父様が少し前に、おばあさまは領主として無理してそれが祟って体を壊したのだ、と言っていたのを聞いてしまったことがありました。それは半分は合っていますが、半分は外れていたのかもしれません。
だっておばあさまは、こんなに晴れ晴れとした顔をしているのですもの。
「リジェット。騎士は素晴らしい職業だけども、危険が伴う職業だわ。
セラージュだって、多くの同僚を戦場で亡くしているの。それは一人や二人ではないのよ。
……あなたはそれでも騎士になりたいと望むの?」
おばあさまの黄昏のようなオレンジの瞳が揺れています。
「ええ、わたくしはそれでも騎士としての人生を望みますわ。
……例え、戦場で命を失っても、わたくしが自分自身で選んだ人生を、わたくしは歩むのです」
わたくしが強い視線をおばあさまに向けると、花が綻ぶようにおばあさまは笑いました。
「……そう。あなたは決めたのね」
おばあさまはどこか覚悟を決めたような表情をしていました。
「どうして急にわたくしを呼び出して、こんな話をしてくださったのですか?」
そう言うとおばあさまはふんわりと優しい笑顔をわたくしに見せてくれました。
「最後に死ぬ前に、あなたに伝えなくてはならないと思い立ったのよ。あなたはわたくしによく似ているから心配で……。意思のある女は煩く思われるでしょう? でもね、わたくしは意思を持って生きたことにちっとも後悔していないの。自分の人生を自分で選択することは、とっても素敵なことだから。
……だからわたくしくらいは味方になろうと思って老婆心で口出しをしてしまったの」
そう呟いたおばあさまの言葉が今のわたくしにはあまりにも心強くて、思わず一筋、涙を流してしまいました。そんなわたくしを見たおばあさまは泣かないで、と温かい温度の言葉をかけてくださいます。
「まあ、そうは言ってもきっとわたくしはもう長くないでしょうから、あなたの助けにはなれないかもしれないわ」
「そんな! おばあさま!」
「いいえ。自分のことですもの自分が一番わかってしまうのよ。わたくしがいなくなってしまう前にあなたと話ができて本当によかった。
わたくしが凍土に眠ることになっても、あなたの事を見守っているわ。
あなたに幸あらん事を」
……わたくしはこの優しく揺れる瞳をいつまで見ることができるのでしょう。
「リジェット様、こちらに長くいらっしゃるとお体に支障が出るかもしれません。……そろそろ御退室の準備を」
ノアに促されわたくしは席を立ちました。
わたくしはその姿を焼き付けるように、記憶の中に写し込み、おばあさまの姿を見送るように屋敷を去りました。
帰りも送ってくれたノアは無表情を貫いています。どうして少しも笑わないのでしょうか。やっぱり死にゆく人を見送るというのは、仕事であっても辛いことなのでしょう。
心情が気になってつい尋ねてしまいました。
「あなたはおばあさまに使える前も別の方に使えていたの?」
「ええ、以前は同じ領地内のルーツビット子爵家で同じように働いていました。その方が亡くなったので、こちらに呼ばれまして」
「そう。
変なことを聞くかもしれないけれど、亡くなる人を見送り続けるって辛くないかしら? ……ごめんなさい。言いたくなかったら答えなくていいわ」
「辛い、と言えば辛いですね。しかし、それと同時に他の何事とも比べられぬ、得難いドラマを見ることができる興味深い職種だとも思います。
不思議なことにわたくしが見送る貴族の皆さんは皆それぞれ魅力的な人たちばかりでしたから」
表情には全く現れていませんが、ノアの目の奥がきらりと輝いた気がしました。
「突然ですが、リジェット様。小説を読むときにリジェット様は一番どこで感動しますか?」
「え?」
本当に突然の不思議な質問に疑問符を浮かべることしかできません。
「どんな物語が始まるかワクワクするプロローグですか? 主人公の性格がありありとわかってくる序盤? はたまた大冒険が繰り返される終盤でしょうか?」
好きな部分なんて考えてもいなかったわたくしは、目をパチクリと瞬かせました。
「わたくしは物語のエピローグが大好きなのですよ、リジェット様」
「エピローグ?」
「そう。エピローグです。物語のラストには全てが詰まっていますから。その物語の中でワクワクしたこと、辛かったこと、感動したこと、心揺さぶられたこと、その全てがラストに詰められているのです。
……わたくしの仕事はいわば、そのラストを一緒に迎えることなのです。変に思われるかもしれませんがわたくしはこの仕事とこの人生を愛しているのです」
「……すごいわ。とっても素敵ね」
「ありがとうございます。そう言っていただけると幸いです。
給与面で言ったら、聖職者になった方が遥かに稼げるのでしょうけど……。未だにわたくしの親族は聖職者になれって口うるさく言ってきますしね。
でも一番大事なのは自分が人生で何を得たいかです。
わたくしは好きなことを選んで、それを生業にしているだけです。様々な方との出会い、別れ、楽しみ、悲しみ、それを全てひっくるめて愛してしまっているのですよ」
ノアは表情には出ませんが、主張に熱が入っています。その言葉の一つ一つがわたくしには輝いて見えて仕方ありません。食い入るように耳を傾けます。
「リジェット様はお若いですからこれからいろんなことがあるでしょうけど、きっと愛すことのできる人生を掴み取れますよ」
「……ありがとうございます」
言って欲しかった言葉を思っても見ない人から言われてしまってびっくりしましたが、心がぽかりと暖かくなってきます。
やっぱり、自分の人生を自分で決めている人は眩しいです。
「わたくし、勇気が出てきました。送ってくださって本当にありがとうございます」
最後までノアは無表情でしたが、手を振ってくれました。わたくしも手を振ってノアをそのまま見送りました。
__なんだかわたくし、思っても見なかったエールをもらう時間に恵まれたみたい。
まだ胸に残る暖かさを心に感じながら、わたくしは本邸に戻って行きました。
本邸に帰るとラマにすぐ湯あみをするように促されます。
いつもであれば湯あみの手伝いはラマ一人だけですが、今日は他に三人の侍女が入ってきて総出で体を磨き上げるように洗われます。きっと瘴気を浴びてしまったことが気になるのでしょう。長い洗浄がやっと終わって、夕食に向かうと廊下を歩いているとお母様とすれ違いました。
きっとお母様にも別邸を訪れ、おばあさまと面会したことが知れているのでしょう。お母様はおばあさまにいい感情を持っていません。嫁姑問題が二人にも色々合ったのでしょう。
お母様はわたくしの方を一目見て眉を潜めるような表情を見せました。
「まあ、リジェット。おばあさまのところへ行ったの? きちんと湯あみは終えたかしら? 瘴気がこちらの屋敷に持ち込まれたら大変ですからね」
どこかトゲトゲとした口調を感じてしまい、ムッとしてしまいます。
おばあさまの事をそんなに疎ましげに言わなくてもいいじゃないですか。
「ええ、きちんと身は清めましたわ」
「そう。ならいいのだけども」
お母様はそう言ってその場を去って行きました。
部屋に戻って、わたくしは今日あった二人の女性の生き方を頭に思い浮かべます。
諦めずに領主の座を掴んだおばあさま。
誰に何を言われようと自分の心情を貫くノア。
どちらも、強くて美しくて、ああ、できることならあんなふうに生きたいと切望してしまいます。
二人ともきっと、周りの人間に様々なことを言われたでしょう。
二人ほどの立場があれば利用しようと思う人だってきっといるはずです。
それをしなやかに、立ち回ったことで二人は得たいものを得たのです。
きっとおばあさまはみんながいう通り、そう遠くない未来に命を落とすでしょう。しかしきっと忍みたいに後悔はしないはずです。
__だってあんなに安らいだ顔をしていたんですもの。
わたくしもあんなふうに死ぬときに後悔しない人生を選ばなければなりません。
わたくしは小さく自分の心に誓いを立てました。
__おばあさまの訃報が届いたのはそれからすぐのことでした。
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