幼なじみはギャルになったけど、僕らは何も変わらない(はず)

菜っぱ

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Q5 そんなにこのメガネ、ダサい?

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 ご褒美のお出かけで、どこに行きたい? とさきちゃんに問うと「ゆうちゃんのメガネを買いに行きたい」という意外な答えが返ってきた。

 金曜日の放課後、僕たちはいつものように激安スーパーで食材を買って、さきちゃんの家で夕ご飯をいただいていた。

 さきちゃんママは自分がいないうちに僕がうちに来てご飯を食べて帰ることに特に何も思っていないらしい。いいのかな? といつも疑問には思うけど、両親が海外出張で一人実家で暮らしている僕としては、ご飯をいただけるのは素直に嬉しいことだった。

 さきちゃんの家には僕の家にはないこたつがある。もうこたつの布の部分は流石に仕舞っているけれど、フラットな畳に座ってご飯を食べるのは結構好きだ。

 僕たちはもう夏も近いというのに季節外れの鍋を突いていた。
 具材はネギ、きのこ、鱈、キャベツなんかが入っていて、とっても健康的だ。
 こんな健康的なメニューを食べたのは久しぶりかもしれない。

「さきちゃんのご褒美なんだから、さきちゃんが行きたいところでいいのに、僕のメガネを買いに行くの?」
「うん。だって、ゆうちゃんのメガネだっさいんだもん」

 その言葉はさきちゃんの家にある、よく砥石でとがれた包丁くらい鋭利だった。

「え! ひどっ! そんなにかなあ?」

 メガネを外して、僕はそれをマジマジと見つめた。そんなにひどいとは思わないんだけどなあ。
 
 僕は今、店員に勧められるがままに買った、スクエアのメタルフレームのメガネを使っている。さきちゃん曰く、それはクソダサいそうだ。

「今、いくらでもおしゃれなのあるじゃん? ゆうちゃんせっかく目、くりくりでかわいい顔してるんだから、そんな温度のないメガネかけないでよ」

 温度がない、というのは冷たいという意味だろうか? それとも無機質なという意味だろうか。さきちゃん独特のニュアンスがなんだか面白くて僕はぷっと吹き出してしまった。

「なんで笑うん? アタシなんか変なこと言った⁉︎」

 さきちゃんは焦ったようで、顔がリンゴのように色づいてバタバタと体を揺らした。

「全然。さきちゃんはさきちゃんだな、と思っただけだよ?」
「なにそれ? 意味わかんねー!」

 そう不満げに、頬を膨らせる様子を見ると、あ、小さい頃のさきちゃんの姿と今のさきちゃんの姿が重なって見える。
 昔となに一つ変わらなさすぎて、僕はその事実にひどく安心してゆるゆると笑った。




 週末、お出かけ当日にさきちゃんの家に迎えに行くと、さきちゃんは珍しい格好をしていた。
 いつもは原色が散りばめられた、いかにもギャル、と言う露出が多い服を着ているのに、今日はシンプルな黒のワンピース姿だった。

「いつもの格好もいいけど、そう言うのも似合うね」

 そう言うと、さきちゃんは黒ウサギみたいに嬉しそうにぴょんとはねた。

「いえーい! イメチェン大成功?」

 さきちゃんはどうやら違う系統の服を試してみたい時期らしい。確かに今の大人っぽいシックなワンピースも長身なさきちゃんにはよく似合っている。でも……。僕はさきちゃんのいつもの服装を思い出す。原色が好きなさきちゃんはいつも鮮やかな色合いを見に纏っていて、軽やかで、僕はそれを見るとなんだか元気が出るのだ。

「でも、前みたいな格好もさきちゃんらしくて好きだから、続けてね」
「ふーん。ふふふ」

 今日のさきちゃんはなんだか、初めから上機嫌だな。さきちゃんが楽しそうだと、僕も嬉しい。

 駅前にあるメガネ屋さんは、いつもいく町のメガネ屋さんと違っておしゃれな雰囲気が漂っていた。
 お店の中の什器はなんだかカフェみたいなアイアンと木材が組み合わさったものが使われてるし、お店のあちこちに見たことのないおしゃれな観葉植物が飾られているし、僕はなんだか気後れしてしまう。

 そんな僕を気にせず、さきちゃんはズンズンとお店に入っていく。

「いらっしゃいませー」

 店員が僕の顔をチラッと見た。ぺこりと軽く会釈をする。店内は僕たち以外には人がおらず、静かで落ち着いた空間が広がっていた。
 
 さきちゃんは目についたメガネを早速手に取り僕にかけさせようとしてくる。

「ねえ! これとかど?」

 ど? と言われても自分の今まで使ってきたメガネと違いすぎてどう言葉を発していいのかわからない。
 その後もさきちゃんはこれはどう? これはどう? とたくさんのメガネを僕に持ってくる。

 どうしよう、これらは何が違うんだ?

 価格か? 素材か? 値段か? お洒落さか?

 困って、あわあわしていると見かねた店員さんが、助け舟を出してくれた。

「何かお探しですか?」
「僕のメガネを探していて……」

 僕が全てを言い終わる前に、店員さんは流れるように営業トークを始めた。 

「まあ! そうなんですね。どんなシーンでお使いになりますか?」

 シーン? お洒落さんは場所によってメガネを掛け替えるのだろうか……。そういえば、さきちゃんは目が悪くないのに服装に合わせて、伊達眼鏡を変えているような気がする……。

 一方、僕はかけられればなんでもいい。メガネはお洒落道具じゃない。視力矯正器具だ。

 まずい文化が違いすぎる。ここはお洒落マスターさきちゃんのテリトリーだ。僕は途端に焦る。

「普通に普段使いで……」
「ゆうちゃん、こういうお洒落な丸メガネかければ?」

 さきちゃんの手には今までかけようと思ったこともないおしゃれ丸メガネが握られていた。

「ええっ! それはちょっとおしゃれすぎない?」
「そんなことないよ~。店員さんこのくらい普通ですよね?」

 さきちゃんは店員さんに臆せず意見を聞きに行く。

「はい。メガネは眉の下から顎までの三分の一の面積に収まると、綺麗にかけられた印象になりますから。なのでこれは大きすぎず、小さすぎず、ぴったりの大きさですね!」
「ほらー! 店員さんもそう言ってんじゃん」
「えー! なんか自分じゃかけ慣れないせいで浮いて見えるんだけど……」
「はー? んなことないし! 似合ってる! ゆうちゃんはアタシのセンスが信じられないの?」
「いや、そんなことはないけど……」
「じゃ、決定!」

 勢いよく、背中を叩いたさきちゃんに後押しされた形で、流されるように僕のニューメガネは決まってしまった。

 店内で待つ、と伝えると店員は十分ほどで加工をしてくれた。

 かけて行かれます? と言われたメガネをかけると、なんだか世界が少しだけクリアに見えた気がした。前のメガネはもしかしたらレンズに細かい傷がついていたのかもしれない。
 
「さきちゃんの顔がよく見える」
「そう? じゃあよく見といて!」

 そう言ったさきちゃんの顔は少しだけ赤い。自分で言ったくせにちょっと照れてしまったのだろうか。

 リサイクルもできると言うからここに置いて行こうか迷った前のメガネは一応袋に入れてもらって、持って帰ることにした。
 店員さんが言うには災害用の防災鞄の中に一本入れておくといざと言う時に便利らしい。

 その助言を大人しく聞き入れることにして、僕たちは店を出た。




 小腹がすいた、とさきちゃんがいうので僕たちは出掛け先で軽くご飯を食べることにした。

 こういう時、僕はあまりガッツリしたものを食べられない。量を食べるのが苦手なのだ。

 こういうことをいうと、大体の人は男子校生なんだから、もっと食べなくちゃダメよ? と叱ってくるが、さきちゃんは少しでも固形物を食べろ! と叱ってくる。

 同じお叱りに見えるが、その両者は僕にとって大きく異なる。
 前者は一般的な男子校生と同じだけの食べ物を僕に食し切ることを要求してくるが、後者であるさきちゃんは最低限食べればそれで満足、という表情をする。食べたい時に無理せず食べればいいんだよ、といつだってさきちゃんは言う。

 さきちゃんは人を尊重することを知っている優しい子だ。

__だったはずだった。

 今日のさきちゃんはいつもと違う。

「これも食べな! 分けたげる!」

 僕たちはメガネ屋さんの近くにあったパンケーキのお店で軽食をとっていた。優しい白が混ざったオレンジを基調とした楽しげな雰囲気の店内には女の人が多くて、きっと一人では入れないタイプのお店だ。

 僕は結構甘いものが好きなので、こう言うお店にさきちゃんと入れるのは嬉しい。

 それはいいんだけど、さきちゃんは自分のパンケーキを僕に分けてこようとしてくる。

「ゆうちゃん、はいあげる! あーんして?」
「それ何味?」
「知らなーい。でもめっちゃうまいよ?」

 そう言ってさきちゃんは無理やり、自分の食べ物を僕の口に持ってこようとする。僕は仕方なく、口を開き、それを食べる。
 さきちゃんがくれたパンケーキはベリー系の味がした。

「どうして、そんなにさきちゃんは僕に分け与えたがるのかなあ?」
「うーん? 安心するから? ちょっと前にゆうちゃん、低血糖になって家の床でぶっ倒れてたじゃん?」

 さきちゃんは忌々しそうに眉を広めた。
 実は僕は、あまりにもご飯を食べなすぎて行き倒れを起こしたことがあるのだ。

 いや、言い訳をさせて欲しい。僕はその日、憧れの昆虫学者が監修した新発売の図鑑を手に入れて、有頂天になっていたのだ。

 それは小学生の頃から、新しい図鑑、出ないかなー、出ないかなーと手ぐすね引いて待っていたものだった。
 何年もまったそれを手に入れたらもうっ! ずっと見てるでしょ? 見入ってしまうでしょ? 
 僕は時間の感覚が狂ってしまっていたがために、何時間それを見ていたのか覚えてないが、立ち上がった瞬間、あれ? くらっとするな、と思ったらひんやりとした床と体との設置面が随分広くなっていた。つまり倒れていたのである。

 その後、夕食を一緒に食べようと誘いにきたさきちゃんが倒れた僕を発見し、ラムネを口に入れてくれるまで、僕は動くことができなかった。

 はしゃいでご飯食べるの忘れるとか、小学生かよと今でも顔が赤くなるくらい恥ずかしいから、ぜひさきちゃんには忘れて欲しいと思っていたのだが、さきちゃんとってその場面は衝撃的だったようだ。

「うわっ……。恥ずかしいからそれ忘れてくれない?」
「絶対や。っていうか、あの時、絶対アタシはゆうちゃんに食べ物を与え続けるって決めたから。無理に食べろとは言わないよ? でも最低限は食べてよ?」
「わかりましたよー」
「ふふ、わかったんならよろしー!」

 僕の言質をとったさきちゃんは安心したのかニコニコと笑っていた。
 心配そうにするさきちゃんには永遠に勝てないなあ、と僕は思う。


 人間は三ヶ月前に食べたものでできていると以前何かで聞いたことがある。
 きっと僕の半分以上はさきちゃんから与えられたものでできているに違いない。

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