幼なじみはギャルになったけど、僕らは何も変わらない(はず)

菜っぱ

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Q3 離ればなれになっても連絡とってくれますか

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 その日のお昼休み、僕は特にご飯を買ってきてなかったので、パンでも買いに行こうかなと思って教室を出る。

 以前はご飯を食べるのがめんどくさくて、自販機のイチゴミルクで済ませていたが、さきちゃんに死ぬほど引かれたのでもうやってない。
 きちんと、お腹に固形物を入れるようになった。

「これ以上薄くなったら、クッキー生地みたいに伸ばすかんな!」

 と言われたのでちゃんと食べてます。伸ばされるのは嫌だ。




 売店は時間的にも混み合っていて、もう少し早く来ればよかったな、とちょっと後悔する。ただでさえ、A組から売店は遠い。

 小さい体を駆使して、人混みの中から前にある商品を確認し腕を隙間から伸ばす。
 なんとかお昼ご飯のクリームパンをゲットすることができた。そのまま静かな環境を求めて売店から中庭に移動する。今日は一人きりでぼんやりしたい気分だった。教室に帰るとまた飛鳥がうるさい気がする。

 中庭に等間隔に並んでいるベンチには先客がいなかった。僕は安心して席をとり、売店で買ったパンをビニール袋から取り出す。

 もしゃもしゃとクリームパンを両手で掴んで食べていると、後ろの方から「女子かよ……」と言う男の声の呟きが聞こえた。誰だ、文句言うやつ。甘いものは正義でしょ?

 静かな環境に邪魔が入ったようだ。
 誰だろうと振り向くとそこには派手な見た目をした男女がいた。
 一人は見たことがある。さきちゃんと仲良くしている女の子だ。確か名前は寧々さんだったはず。前、さきちゃんと一緒にいた時軽く紹介された。
 もう一人のいかにも遊んでそうなバッチリスタイリングの兄ちゃんとは初対面のはずだ。なのにこちらに対する態度が悪いように見える。彼は僕の方を薄目でジトーっと睨むように見ていた。

「……寧々さん? どうかしたの? さきちゃんとは一緒じゃないの?」

 寧々さん、と下の名前で呼んでいいのかわからないが、苗字を知らないのだから仕方がない。さきちゃんは、寧々ことねちょだよ~‼︎ としか教えてくれなかったからなんて呼べばいいのかわからないのだ。ひどい。

「さきは今日他の子とご飯食べてるよ。それでアタシもさきがいない時に噂の”ゆうちゃん”と話してみたいな~と思って声かけちゃった。

 ふうん、そう言うカンジなんだ……」

 僕は寧々さんになぞるようなねっとりとした目で上から下まで見られている。ちょっと居心地の悪い感じはするけれど、悪意はなさそうなので大人しく精査されておこう。こう言うのは余計なことを言うと、減点されるんだ。

 気になるのはもう一人の男の方だ。まだ僕を睨んでいる。確実に僕に対しての悪意がある。すっごい居心地悪いんだけど。
 男は僕を睨むつけながら、勢いよく言い放った。
   
「お前なんかさきにWikipediaくらいにしか思われてないんだからな!?」

 謎の言葉を言い放った彼はどうやら敦也くんと言うらしい。自分では名乗らなかったけれど、困った顔をしていたら、寧々さんが教えてくれた。 

 Wikipedia……。さきちゃん的には物知りって言いたかったのかな?ただWikipediaではさきちゃんの生活を支えることはできない。

「いやアレクサくらいにはなれてるんじゃない?
 さきちゃんちとかで、電気つけてって言われたらつけるし」

 僕はあっけらかーんというと、はあ?とドスのきいた声でさらに突っかかってくる。

「お、お前‼︎ さきの家に行ったことがあるのか⁉︎」
「そりゃ幼なじみだもん。今でも週三くらいでいくよ」
「なぁっ!? はあぁぁ!?」

 敦也くんは声にならない音を発している。
 ……何をそんなに驚いているんだろう。幼なじみなんだから、そのくらい当たり前じゃないか。

 さきちゃんは優しいので、僕によく夕ご飯を恵んでくれる。僕の両親は共に大学で研究員をしていて、小さい頃は交代で夜、僕の面倒を見てくれたけど、僕が大きくなったここ数年は毎日夜遅くまで大学にいることが多かった。

 中学校に入った頃から自分で夕ご飯を作るようになったさきちゃんは、料理を作りすぎちゃうからと言ってよく僕を誘ってくれるのだ。一人分を作るのはめんどくさいので大変にありがたい。

「お互いに助け合える、いい幼なじみなんだよ」

 僕はできるだけ勘ぐられないように、そう簡潔に関係性を説明した。

「ふうん」

 色っぽく寧々さんが言った一言は、意味ありげなふうん、だった。
 なんだか、疑いを孕んだその言葉に僕はちょっと身構える。さきちゃんに甘えているのがばれたのかもしれない。

「アタシてっきり、さきがゆうちゃんに依存してるのかと思ってたけど、ゆうちゃんもさきに依存してるんだね」

 依存?

 その単語に違和感を持つ。
 どうしてこの文脈でその言葉を持ってきたのだろう。

「二人はめちゃくちゃお似合いだと思うけどさ。
 ……二人して、お互いにしか興味がないのって危ういよね」

 危うい。

 その言葉が正論すぎて少しドキリとする。僕たちはお互いに重きを置きすぎて、お互いの世界を少し狭めている傾向があることは僕も理解していた。

 僕は人付き合いがそんなに得意じゃないから、別にこのままでもいいかなと思うけど、さきちゃんを巻き込むのは良くない。

 根っから社交的なさきちゃんが僕に構うことを控えたら、たくさん仲間ができると言うことは今のさきちゃんの状態を見ても明らかだった。

「もしも離ればなれになっちゃったら、とか考えないの?」

 寧々さんはちょっと意地悪そうに笑っていった。
 その声音には僕を試すような雰囲気がただよっている。
 でも僕はそれに臆することはない。

「大丈夫、その時はそれを回避するから。
 と言うかもう回避したから」
「へ?」

 実はさきちゃんには言ってないけど、僕たちは離ればなれになる可能性があったのだ。

 入学の一月前、両親が、ブラジルの研究施設に派遣されることになった。

 その時ついてくるか? と聞かれたが僕は首を縦にはふらなかった。

 ……さきちゃんを一人ぼっちになんてできるはずがなかった。

 さきちゃんは二人で同じ高校に入りたいと言う思いを糧に無理してうちの高校に入ったのに、僕がいなくなったら、ぽきっと何かが折れちゃうのではないかと思った。

 さきちゃんは妙に潔いところがあるから、僕がいない高校なんていたってしょうがないとか言って、高校を辞めちゃうかもしれない。

 多分さきちゃんはあれ? 最近、ゆうちゃんのとーちゃんとかーちゃん見ないな? とは思っていると思うがそう言うわけがあったのだ。

 僕はそのことを丁寧に寧々さんに伝えた。

「と、言うわけで僕は離れないように最善を尽くしましたよ」
「え? じゃあ、日本に残ったのは100%さきのためなん?」
「そうだけど?」

 当然なのでそう言い放っただけなのだが、二人は唖然とした顔をしている。そして二人で顔を見合わせはじめた。

 そうして、まるで未知のものを見るような目で僕の方を見てこう言った。

「ねえ、なんでそれで付き合ってないん?」
「へ?」

 高校に入学してから、こんな風に僕たち二人の関係性を不思議に思う人が多くなっていた気がする。
 きっと気の合う幼なじみ、と言うだけでは納得ができないのだ。

 僕だって、他の関係性には他の名前がついていることは知っている。
 でもさきちゃんがそれを求めているかは僕にはわからない。

 男女が二人でいたらその関係性に絶対ならなければいけないと言う法則がこの世にはあるのだろうか。

 僕が願うのはさきちゃんが、涙を流さず、幸せにいられることだけだ。それが守れたら、僕はそれでいいのに。

 思っていることを素直に伝えると、僕があまりにも頑なだったからか、寧々さんはちょっと呆れたような顔をしている。
 不思議なことに僕を睨みつけていたはずの敦也くんも似たような表情をしていた。

「愛が深すぎるのも問題かもしれないわ~」
「そして、鈍い」

 二人はは眉を潜めて腕を組んだり、頭を抱えたりして僕に視線を向けていた。

 じゃあまた話にくるわ~と一言言って、去っていった。二人はなんだか物憂げなような、魂が抜けたような変な顔をそれぞれしていたけど大丈夫だろうか?





 嵐のように去っていった二人のことを僕はなんだったんだろうとしばらく考え込んでいた。

 でも、寧々さんの指摘は痛いところをついているんだよなあ……。僕たちの間で成立している関係性でも周りの人間から見れば、なんだそりゃって思われていることに気がついてはいた。

 僕たちは大人になるにつれ、離れて行かなければいけないのかもしれない。自立を求められる年齢が、刻一刻と迫ってきている。

 その時がきたとして、僕たちはいつまでも一緒にいられるのだろうか?
 ……もし、さきちゃんが僕を必要しなくなって、一人で生きていけるようになったとしたら、僕は悲しむだろう。





 気がつくと、もう昼休みも終盤に差し掛かっている。急いで教室に戻らなくちゃ。

 僕は残りのクリームパンを口の中に詰め込んで、中庭を後にした。




 放課後、荷物をまとめていつものようにさきちゃんを迎えに行こうとしたら、さきちゃんがズシャーーーと勢いよく音を立てながらダッシュでA組に走り込んできた。そのまま僕に抱きついてくるけど、もはや力が強すぎて締め殺しているようにしか感じない。

 ……どうしたんだろう。
 今までに学校でここまですることはなかったのでびっくりしながら尋ねる。

「ゆうちゃんは今からブラジル行っちゃったりしない?」

 ブラジル? 行かなかったからここにいるのに、さきちゃんは何を心配しているんだろう。
 しょぼしょぼとしながら、腕の力を緩めないさきちゃんはなんだか弱ってしまったようだ。どうしようもないので僕はさきちゃんの頭を撫でる。

「行かないよ。ここにいるよ」
「ほんと? ほんとに? 嘘つかない?」
「ほんとだよ」
「そうなの? よかった~」

 どうやら本気で心配させてしまったらしい。心配させないように情報を開示することを控えたはずなのに、心配させてしまったら元も子もない。

「もし僕がブラジル行っちゃったとしたら、さきちゃん悲しむでしょ」
「はあ? そんなことあっても追いかけるに決まってんじゃん!」

 僕は瞠目してしまった。
 どこか遠くに行っても連絡とれたらいいなー、くらいに思っていたけどさきちゃんは会いにきてくれるらしい。
 なんか勢い的にそのまま住みそうな気さえする。

「さきちゃんはそう言うところ一直線でいいなあ」
「は? どゆこと!?」 

 さきちゃんは「ゆうちゃん、今日訳わかんねーことばっか言う!」と悪態をついているけれど、それがいつもと変わらないことに僕はひどく安心した。
 心配することなんか何もなかった。

 周りが僕たちのことになんと言ってこようが、関係ない。
 きっと僕はできるだけ、さきちゃんと一緒にいれるように努力するだけだ。



 どんなことがこれからあっても、僕から手放す気なんて全くない。

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