上 下
4 / 10

A2 はあ?故意に決まってるじゃん‼︎

しおりを挟む
 
 あー‼︎ だりぃーけど今日も学校が始まってしまった。
 アタシの一日のテンションのピークは愛しのゆうちゃんとの通学で終わる。そこで終わり。THE・END。

 それ以降はテンションだだ下がりだ。

 でも、勉強はちゃんと真面目にやらないとゆうちゃんに怒られるからちゃんとやる。えらいっしょ!?

 アタシはゆうちゃんに絶対に怒られたくない。嫌われたくないっていうのもあるけど、単純に怖いからだ。勉強しないとゆうちゃんは怒る。
 ゆうちゃんは怒る時、笑顔で圧をかけてくるからめちゃくちゃ怖いんだよなあ……。あれは鬼。

 でもゆうちゃんがアタシのことを叱るのはアタシの人生を本気で心配しているからってことはちゃんと理解している。勉強が人生の選択肢を広げるってこともね。
 あー今日も、嫌々だけど勉強やりますか! アタシは気合いを入れるために両手で頬をパチンと叩いた。






 教室に入ると、いつものように騒がしく盛り上がっている。ざわざわというより、ギャーギャーキーキー言ってる感じだからめっちゃうるさい。動物園かよって感じ。

 ゆうちゃんのクラスはめっちゃ頭いいから、落ち着いていて教室の空気も心なしかなんか爽やか~な気がするけど、ウチのクラスはヤバイ。
 なんつうか、荒れてる。治安が悪い。

 誰かの誕生日があればクラスの誰かが生クリームがべったりついたパイ投げ始めて、教室中ベッタベタになるし、誰かがノリのいい音楽をかけ始めるとみんなタオルを振り回し始めて、ライブ会場と化す。

 掃除の時間も真面目にやんないから、ゴミとか転がってるけど、誰も気にしない。一部の上のクラスのやつはこのクラスのことを掃き溜めって言ってるらしいけど、マジそれな。言い得て妙だわー。

 でもアタシはそんなクラスの奴らのノリが性に合っているし、過ごしやすくていいかなと思ってるけど。

 今日も相変わらず誰かが教室の中で馬鹿やってるみたいだ。
 
 教室に入ると席に着く前に、後ろから誰かにとんとんっと、軽快に肩を叩かれる。

「さき!! おはよっ!!」
「ねちょ! 今日めっちゃ盛れてんじゃん! マスカラ変えた?」

 女子の中だと一番仲がいい「ねちょ」こと寧々がアタシに話しかけてくる。ねちょは見た目、茶髪パーマがめっちゃイケてるお姉さん系ギャルだ。

「変えた変えた! 昨日帰りに駅前のドラッグストアにあったやつがめっちゃ神なんだけど!コスパも最強!」
「え~? アタシ知らないやつかも! 教えて!」

 いつもアタシたちはコスメ情報を交換し合っている。安くて盛れるコスメの情報は、アタシにとって生きるのに必要不可欠な情報だ。
 こういう時間も楽しくていいな、とか思ったり。
 でも一番はゆうちゃんといる時が楽しいけどね!
 
 朝のゆうちゃんの様子を思い出して、顔がにやけていたのか、ねちょに突っ込まれる。

「ねえ、今。例の幼なじみの事考えてたでしょ」
「よくわかったじゃーん!」

 アタシがゆうちゃんのこと考えてないことなんかないけどね。

「ていうか、アンタ脳内の八割それじゃん」
「それな!」

 アタシは手を叩いて笑ってしまう。
 ねちょはアタシが見た目ガリ勉チビメガネのゆうちゃんを好きだと言っても馬鹿にしない。そういうねちょも結構堅実なところがあって、他校の進学校に彼氏がいるらしい。

 人は意外性があるから楽しいよね。

「今日は幼なじみくん、陥落できた?」
「で・き・ぬっ!」

 アタシは両手で大きなバッテンを作って主張する。そんなに簡単にできたら、アタシはこんなに苦労していないんだけど。はあ。マジ病むわ。ゆうちゃんはほんと、おっそろしいくらい鈍いのだ。

「今日もアタシの胸を押し付けてやったのに無反応なんだよ⁉︎」
「何? 僧侶かよ? 悟り開いてんのか⁉︎」

 ほんとそれな。男子高校生は女子のことばっか考えてんじゃないの?モテてえってずうっと言ってるバカ男子に囲まれてるからそういうもんかと思ってたのに、うまく行かない。

 もうどうしたらゆうちゃんの思考を恋愛に持っていけるんだ!?
 お色気は通じないのか!

 アタシが頭を抱えて悩んで、いるとねちょは優しく励ましてくれる。

「いや、でもさきのその胸はマジヤバイよ。でっけえ。聳え立つ、チョモランマ。……まじでどうすれば、そんなに胸が集まるん?」

 ねちょは睨むようにアタシの胸を見ている。ねちょはあんまりおっきくないからね。それもイイとアタシは思うけど、本人的にはそうはいかないらしい。

 ハハーン、これね。
 アタシは目立たせるようにねちょに鳩胸にして見えつけるような仕草をする。アタシにとっても、大きな胸は自慢である。

「胸を接客するってママに教わった!」
「は? 接客?」

 ねちょは鳩が豆鉄砲を喰らったような、ぽかんとした顔でアタシを見た。

「そう。どこからいらしたんですか~? え~お腹なんですかぁ~? ……え~でもこれから胸にいてって言ったら残ってくれる? わー! さき、嬉しい~っていいながら寄せ集めんの」

 寄せ集める仕草をしながら、実演する。

「何それウケるんだけど!」

 ねちょが腹を抱えて笑っている。この話すれば女子には大体ウケる。でもこれは真面目な話で、アタシはめっちゃ努力をして肉を胸に留めているのだ。
 ……ゆうちゃんには全く効かなそうだけど。

 その後も二人で楽しく美容トークを続けていたらちょいちょいちょいっ! と妙に元気がいい謎の合いの手? が入ってきた。

「さきの胸に興味ないとか、マジ男としてまずいっしょ、そんな奴やめて俺にしとけって!」

 なんか知らんやつがガールズトークに割り込んできたと思って後ろを振り向くと、同じクラスのチャラ男、敦也がムカつく顔をして立っていた。今日もバッチリ決めたスタイリングが絶妙にウザい。

 アタシたちは一瞬、何こいつー、お呼びじゃねーよ、という冷たい目を敦也に向ける。しかし敦也は全然めげない。

 敦也は入学当初、アタシのことよく知らないくせに、胸だけを目当てに告ってきたチャラい男だ。

 本人がいうところによるとかわいいな、と思った子には全員声をかけているらしい。嫌がられても、どんどん距離を詰めてくる。どんだけメンタルが強いんだ。超合金製かよ。真性のチャラ男だ。

 ……その後、話してたら面白くって友達になっちゃったけど。

 ねちょは敦也をジトーっと薄目で見ている。なんかちょっと怒っているようにも見える。

「急に話に入ってくんなし」
「ね。アタシとねちょのガールズトークの邪魔すんなー!」
「ひどくね!? 俺の扱いひどくね!?」

 敦也は弁解するみたいにいうけど、とっとと、自分の席につけばいいのに。もうちょっとねちょと二人で話をしたい。

「だってお呼びじゃないもん」
「ねー!」

 二人で顔を見合わせて笑い合うようにいうけど、敦也は俺も混ぜろよー!と捨てられた子犬のようにいうので、仕方ないから話に入れてやった。





「ねえ、ねちょ。どうすればゆうちゃんはアタシを意識してくれるかなあー?」
「ええ? イイところを全面に押し出していくとか?」

 ねちょに言われてアタシはない頭で一生懸命に考える。
 アタシのイイところってどこだ?
 本人には見えないチャームポイント的なところがあるのだろうか?
 うーんと頭を抱えて考え込んでると、敦也が割り込んでくる。

「俺、さきのいいところ。めっちゃ言えるぜ」

 一瞬、敦也が真面目な顔をしたのでビビってしまった。いつも冗談交じりに好意を伝えられるけど、冗談でしょ、と受け流している。
 でも、敦也はアタシのことを諦めていないらしい。
 たまに話していると表情がマジになって、あ、まずいっていう間ができてしまうことがある。そういう時、うまく流せないとヒヤリとするのだ。
 今日もそれかと思って、敦也の様子に息を飲む。

「えー!言ってみ?」
「胸と胸と胸と……あと、胸!」
「全部胸じゃん!」

 あ、大丈夫だった。なんも心配しなくてイイやつだった。アタシは気が抜けて、小さくはーとため息をつく。

「あーウケる。でもこれでゆうちゃんがいかにイイ男かがわかったわー。サンキュッ!」
「俺引き立て役かよー」

 そうだよ、引き立て役だよ。どんなイケメンもゆうちゃんの隣にいたら、脇役になっちゃうから恋って不思議だよね!

 ちょっとその答えが悔しかったのか、一瞬敦也は悔しそうな顔をする。そんな顔をしたってアタシの評価は覆らないZE!

「はーいみんな注目!
 ここに俺のカッコよさが分かんなねー目が節穴な女がいまーす」

 敦也が大きな声で、手を上げながら言うもんだから、みんなが敦也の方にバッと視線を向ける。

「えー! 敦也顔はいいけど性格が好みじゃなーい!」
「さきとメガネ君、うちの学校の名物カップルじゃーん」
「百歩譲ってもその二人に割り込める存在は敦也はないわー」

 口々にクラスの女子が敦也をこき下ろす。みんなの心が一つになったのを感じた。

「うるせっ! うるせっ! なんだよお前らみんな俺の魅力がわからないのかよ⁉︎  ……じゃあ、賭けをしようぜ!
 さきの初恋が叶うと思うやつー」

 クラスの大半が手をあげる。え。アタシめっちゃみんなに信じられてんじゃん。

「じゃあ、俺とさきが付き合うと思うやつー」

 クラスが静まり返る。ほらみろ。これが現実ってやつだ。お前はねえよ。

「これじゃ賭けにならんわな」

 ねちょが呆れたように言う。それな。

「みんなー応援してくれてありがとー!!!!
 アタシ絶対、この恋を叶えるからねー」

 教室のちょうど中心にある自分の席に立ち上がり、ライブ会場のアーティストばりに、教室中のオーディエンスに手を振る。所々でがんばれーという声が聞こえてくる。その応援にアタシの心はココアを飲んだ時みたいにあったかくなる。

「アタシはゆうちゃんを力づくで落とぉす!!」

 まるで海賊王になることを宣言するように、アタシは机の上に上り、ジャージをぶんぶん振り回す。
 多分、今のアタシはめっちゃバカみたいに見えると思う。
 クラスのみんなも、バカじゃんと口々にいいながら笑いの渦に包まれている。みんなが楽しそうだとアタシも楽しい。
 楽しさで調子に乗って、机の上でぴょんぴょん跳ねたらぐらりとバランスを崩した。

「あっ」

 机から落ちる!と思ったらみんなが手を伸ばして支えてくれた。そのおかげでアタシは転ばずにすんだのだ。

「「「気をつけろよー!」」」

 ナイス団結力!掃き溜めとか言われても、アタシはこのクラスのみんなが大好きだ。

「あはは!みんなありがとっ!」

 こうやってクラスのみんなと笑いあえるなら、ゆうちゃんがいない時間も苦ではないかもね。

 チャイムがなって、担任が教室に入ってくる。担任は馬鹿騒ぎするアタシたちを一瞥して特に叱るわけでもなく「お前ら朝から元気だなー」と軽く笑い、教壇の前に向かう。

「ほらー朝学習の時間始まるぞー。みんな席につけー。氷坂、机に乗るなー」

 担任にゆるーく注意されて、机から降りる。
 席に着くと前の席から朝学習のプリントが回ってくる。はあ?今日英語かよ。まじだるっ!

 アタシはさっきの光景を頭の中で思いだす。

 あれ? あんな構図の絵、どっかで見たことあんな……なんだっけ? 確か絵画?
 なぜだか、どうしても気になる。気になり始めるとそれしか考えられない。

 もやっとしたので、朝学習の時間だけどLINEでゆうちゃんに聞くことにした。アタシはわからないことがあるとなんでもゆうちゃんに聞く。

”なんか持った女の周りにいろんなメンツがまとわりついてる絵ってなんだかわかる?”

 そう打った文章を見返すけど自分でも意味がわからなすぎる。ヒント皆無じゃん。

 これでわかる訳ないと思うんだけど、一応送ってみる。
 するとけっこーすぐに返信が返ってきた。

”それはきっと『民衆を導く自由の女神』っていう絵画だね”

 え、マジ?と思いながら検索してみる。
 調べたらほんとにあってたからめっちゃビビった。

 ゆうちゃんマジ、Wikipedia!


しおりを挟む

処理中です...