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Q1 僕らはの関係はずっと変わりませんか?
しおりを挟む僕には幼なじみの女の子がいる。
名前はさきちゃん。
家が近所で、二人とも性格は全く違うのに、不思議とウマがあった。
多分方向性は違うけれど、趣向は同じたっだからだと思う。
さきちゃんは虫を捕まえる行為自体が好きで、僕はとった虫と図鑑を見比べるのが好きだった。
そんな彼女と虫取りに行くと、さきちゃんがとった虫を僕に渡して調べる……というような役割分担が自然にできていた。
「ゆうちゃん! 虫! いたよっ!」
「すっごい! これ、初めて見たやつだ!」
虫取りは一人でももちろん楽しいけれど、全身で表すさきちゃんといると、その楽しさは倍増した。
僕はトロイから虫をうまく捕まえられなかったけど、さきちゃんはハンティングの女王だった。次々にバッサバッサと手掴みで虫を捕まえていく。さきちゃんは捕まえるのは好きだけど、そのあとはどうでもいいらしい。育てたりはしないのだ。
だから捕まえた虫を僕が嬉しそうに調べるのを見て、さきちゃんは満足するのだという。
それ以外にもさきちゃんは植物で作った王冠を被って山の神ごっこをして遊んだり、木登りをしたり……。彼女は活発な遊びを好む野生的な女の子だった。
そのころの彼女を思い出すと活動的なタンクトップ、ショートパンツ姿しか浮かばない。
僕たちは仲良しで、暇があればいつまでも、一緒に野原を駆けずり回って遊んだ。
学校での休み時間も放課後も、休みの日だって予定がなければ一緒に遊んでいて、今になってもよく飽きなかったなあ、と不思議に思う。
その日も小学校のチャイムが鳴り響き、下校の時間がやってくると、いつもさきちゃんは僕を虫取りに誘う。
「ようちゃん!今日も秘密基地に虫取りに行こう!!」
「うん!」
元気よく返事をすると、さきちゃんはニカッと歯を剥き出しにした豪快な笑顔を見せた。
「今日はね!トノサマバッタってやつを見つけるんだ!」
「トノサマ? 何それ! ちょーーーエライの!?」
小学校に入ると途端に虫が苦手になる女の子が多い中、さきちゃんは保育園の頃と変わらず、虫大好きだからおもしろい。
「ショウチョウバッタより大きいやつだよ」
「しょーりょー?何それ!あはは!
ショーリョーだって!!!」
どうでも良いことでお腹を抱えてゲラゲラ笑ってしまう。先生に「そこの二人、うるさいぞー!」と言われて、二人で「はーい」と返事をする。
二人でいるといつだってこうだ。
一人でいると僕は根暗なのに、二人でいると楽しくって賑やかになってしまう。
僕らは小学校が終わって、放課後になった途端、公園にダッシュで向かう。
ちょっと僕より体が一回り大きいさきちゃんは、足が早い。どんどん先へ行ってしまう。僕は必死に体中を動かして、さきちゃんに置いていかれないように走る。
いつか大人になったら、さきちゃんよりも大きくなって、置いて行かれないようになるのかな……。なんて考えるけど、無理な気がする。
一生僕はさきちゃんを追いかけ回している気がするなあ。
「わあい!今日もイッチバンのり!」
公園に着いた、さきちゃんがはしゃいだ声で言う。
「今日はなにが捕まるかな」
「ねー!楽しみだ!」
そう言って、僕たちは虫取りを放課後中楽しんだのだった。
二人で遊んでいると時間はあっという間に過ぎてしまう。
もう日は落ち始めて、雲ひとつない青空だった空はグラデーション状に色を重ねられて空の向こう側からオレンジ色が深い色に変化し始めている。
「夕日が来ると寂しいね」
「僕の名前のこと?」
僕の名前は、夕日、だから自分の名前を呼ばれたのかと思ってびっくりする。
さきちゃんは、にへらと顔をふにゃふにゃにして笑う。
「違うよ! 空がオレンジ色になることだよ」
「僕は……。夕日好きだけどなあ。自分の名前だし」
「アタシもゆうちゃんのことは好きだよ。でも、この時間は嫌い」
さきちゃんは寂しそうに瞳を伏せる。夕日を浴びた長いまつ毛は涙袋を彩るレースのように薄灰色の影を作る。
なんだかこういう表情をすると、さきちゃんは大人っぽく見えてしまう。僕一人を置いて、先に大人になってしまうような、不安感。
しばらく黙っていると、近所の信号機から、五時を知らせる夕焼け小焼けの音楽が流れる。
帰ろうとして歩みを進めると、さきちゃんは帰りたくないようで、足を止める。先に帰ろうとした、僕らの間に少し距離が空いてしまった。
「どうしたの?」
まだ公園の中にいるさきちゃんに聞こえるように、声を張り上げて言葉を放つ。
さきちゃんの顔を見ると、逆光でさきちゃんの顔の彫りの深さが際立つようだった。
「ねえ! ずっと、大人になっても一緒に遊んでくれる?」
さきちゃんは叫ぶように、体の力を振り絞って言う。
あ、さきちゃんは今日ちょっと寂しい気分な日なんだな、ということに気が付く。
さきちゃんはたまに、僕に縋り付くようにベタベタして来る日があるのだ。
どうしたの? と聞くといつもさびしいの、と一言いうだけで、理由はあまり話したがらない。
寂しそうなさきちゃんをみると僕は胸の奥が苦しくってたまらなくなる。
僕はいつだって、さきちゃんが寂しくなければ良いな、と思っている。
「僕はさきちゃんとずうっと一緒だよ!」
さきちゃんに負けないくらい大きな声で僕は叫んだ。
すると、さきちゃんは目を真丸にして、嬉しそうに、嬉しそうに笑った。
夕日色に染まる公園の真ん中で、さきちゃんがオレンジ色の光を帯びてまるでスポットライトを浴びたみたいに光って見える。
さきちゃんの耳に髪がかからないくらいのショートカットの髪には柔らかな夕焼けの光が集まり、栗色に光透き通って見えた。
ああ、さきちゃんと僕は違う生き物なんだな。髪質がしっかりしている僕の髪は夕日であんなに綺麗に光らないもの。
楽しそうに手を上げてぴょんぴょんしてキラキラな笑顔を見せるさきちゃんは、いつも通り野生児みたいなのに、その瞬間の映像だけ、どこかの美術館に飾ってある、額の中の絵のように見えてしまった。
力強いのに、どこか壊れ物のような繊細さを持つ、消えてしまいそうな美しさ。
さきちゃんは、名前の通り、柔らかい花が咲くように笑うのだ。
これは僕とさきちゃんの大切な思い出。
幼いながらにこの子は僕にとって特別な女の子だということを知らしめられた、大切な思い出なのだ。
月日の流れは無情なほど早い。それから十年が経ち、僕たちは高校一年生になった。
僕たちの関係は今だって変わってない。
僕たちはとっても仲良しなままだ。
変わったところがあるとすれば……
「ゆうちゃーん!」
登校中、いつものように家から学校まで歩いていたら、遠くから、猛スピードで金色の何かが走ってくる。
それは僕にドカンと当たり、抱きついてきた。
「ゆうちゃん! おは!」
ぐさりと勢いよく、僕の脇腹に突き刺さってきたのはさきちゃんだった。
彼女の背中まである金色の髪は耳の横の高さでツインテールに結ばれている。
手羽先を食べたあとのようにテカテカ光るピンクのグロスと、デカ目メイクが眩しい。
つけまつげが仰々しくて、瞬きで風を起こせそうだ。
耳には右の軟骨に二つ、耳たぶに三つ。左の耳たぶに三つ、ヘリックスにひとつ、ピアスが空いている。
穴、ここ最近増えたなあ……さきちゃん。
さきちゃんは寂しくなるとピアスホールが増える傾向にあるから心配だ。
太ももが見えるミニスカートにも最近見慣れてきた。
スクールカバンにはこれでもか!というくらいジャラジャラにキーホルダーが付いている。
……さきちゃんはどこからどう見ても立派なギャルになっていた。
「いやー今日こそマジで、遅刻するかとおもったわ。なんで、アタシのアラームっていつも勝手に止まるん? ギャンかわ妖精が止めにきてるんじゃねーの?」
「いや、さきちゃんが自分で止めたんじゃない?」」
「ツメテー! ゆうちんの冷たさマジ氷点下!」
「叩かないで。あとさきちゃん、しゃがむと谷間が見えるからやめようね」
「ゆうちゃんアタシのおかーさんかよ! これは見せてんの! セクシーなアタシを演出してんの! わかる? このブラのホルダーもわざわざ見せブラ用に、可愛いのに変えてるんだよ~」
さきちゃんは無邪気に見せなくて良いところを僕に見せてくる。
「やめなさいっ!」
僕が顔を真っ赤にして怒ると「はーいゆうちゃんママ」とさきちゃんはいたずらな笑顔で笑った。なんだか語尾にハートマークがついてるみたいな言い方だな。
純情な男子校生に無邪気にエロを振りまくさきちゃんは悪魔だ。小悪魔なんて可愛いものじゃない。
きっと今の僕は第三者から見たら、ギャルに絡まれている、チビメガネなんだろう。
さっきからさきちゃんは僕に謎のタックルを繰り返しているし、いじめられているようにしか見えないかも。でもこれ、さきちゃんの癖だからもう治しようがないんだよな。
さきちゃんは、すぐ僕にベタベタする。僕の身長が小さいことをいいことに、ぎゅっと覆い被さって抱きかかってくることもある。
そう。残念ながら、僕の身長はあんまり大きくならなかったのだ。多分、もう高校一年生になってしまったから成長期も、終盤に差し掛かっているのでこれから伸びる見込みはないだろう。なのに僕の身長は158cmしかない。
ちなみにさきちゃんはあれから、グイグイビョンビョン伸びて、今はなんと169cmもあるらしい。なんで。
「アタシマジでデカくね? 巨人じゃん!アハハ、ウケるんですけど!!」
なんて言ってたけど、お願いだから身長少し分けてくれませんか? 2cmでいいんです。あ、無理ですよね。はい。
遠くから見ても目立つさきちゃんは、スタイルもよく、何よりきんきらの金髪頭なので、僕たちがギャイギャイやっている様子をなんだか通行人の皆さんに遠巻きに見られている気がする。
でも大丈夫。さきちゃんは根本的なところは何も変わっていないから。
「ゆうちゃん! 見てセミがいる!」
ビシ! と、さも大発見のように言ったさきちゃん。視線をやると、僕らの行先にセミの死骸がポツンと落ちていた。
「あれ、死んでると思う?」
「えーどうだろ⁉︎ ゆうちゃん! 行こう!」
僕たちはそろり、そろりと足音を立てずに静かにセミに近づく。
ジッと鋭い音がした時にはもう遅かった。
ジイジジイッジイッジ!!!!!!
セミは最後の力を振り絞ったように地面を駆けずり回る。それは僕らの足元にも容赦無く近づく。
「「わああ!!セミ爆弾だ!!」」
驚いた二人の声がハモる。僕たちはそこからダッシュで逃げ出す。
一瞬の出来事だけど、耳にはあのセミの爆音が脳裏に焼きついて遠く離れた今でもうるさく響いている気がする。
逃げたあと、僕たちは二人でお腹を抱えて笑い転げてしまった。
「「あははは!!」」
笑いすぎて二人とも、目にうっすら涙が浮かんでいる。
「いや、マジやべーって! あれはないわー‼︎」
「ねー! びっくりしちゃったね!」
「今年初セミ爆弾だったんだけど!」
そういえば去年も二人でこんなことがあった気がする。あれ、一昨年もあったよね? ん? そのずっと前もあったかも。
僕たちは二人とも成長して、見た目がどんなに変わっても、根本は全く変わらないんだな、ということになんだかホッとしてしまう。
さきちゃんは見た目が派手になったから、大人たちに誤解されやすい。だけど、心は虫とりに一緒に出かけたあの頃のままだ。
純粋で、笑顔が可愛くて。いつだって輝いている。
「ああ、来年も再来年も、こうやってたいな~」
「なに? いきなりどうしたん?」
さきちゃんは僕の顔を覗き込むようにしてみる。その表情は昔より大人になった気がして、ちょっとどきっとしてしまった気がするけど、きっと気のせいだ。
僕はさきちゃんの目を見て言った。
「いつまでも、大人になっても、こうやってさきちゃんと馬鹿やってたいな~って思っただけだよ」
さきちゃんはキョトンとしてデカ目メイクが施された目をこれでもかというほど大きく見開いていた。
そして微笑んだと思うと、僕の背中をバンバン叩きながら言った。
「そっか! アタシも! おそろじゃーん!」
いたい……。マジ痛い。おっと、さきちゃんの口調がうつってしまった。僕までギャルになっちゃうよ。僕の人生におけるさきちゃんの影響力強いもんな。
でも、よかったさきちゃんもそう思っていたんだ。
変わらない関係性で、二人でこれからも笑っていられたら良いな。
僕はなんだか安心してしまった。
「あ、大変!もう始業までちょっとしかないよ!」
「ヤバッ!ダッシュしよ!」
二人で急いで学校を目指す。
「セミ爆弾なんて見てる場合じゃなかった!」
「マジそれな~!」
あまりの必死さになんだか笑ってしまう。遅刻しそうで、二人で走ってるだけなのに、なんでこんなに笑えるんだろう。
僕にとってはこの何気ない日常が何よりの宝物だ。
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