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陰謀の影

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「ガァ!」
(うぉっ!)
謎の怪人が剣を突き出し、素早く前に飛び出す。すぐさまソルへと姿を変え、両の手で針をつかみ取るアサヒ。
その腕力により針が突き刺さることは免れたが、新たな問題が彼に襲い掛かる。
「!?」
手元に目をやると、なんと針に接している面から手が凍り付き始めていたのだ。
(くそっ、やべぇな!どうすんだ!?)
その速度は想像を絶するものだった。数秒思案しているうちに、肩の周辺にまで氷は広がっていた。そして――

「アサヒーっ!」
カグヤが叫ぶ。彼女の目に映るのは、氷の彫像と化したソルの――アサヒの姿。
ここまでわずか1分足らず。凄まじき力の魔人は、針をゆっくりと引き抜くと、静かにカグヤを見つめる。
次はお前だ――そう言わんばかりに。



「どうだい、調子は」
自動ドアをくぐり、私はその奥に佇む男へと声をかける。
名はガウス。
「問題ない、全て順調だ」
椅子に座ったまま、仏頂面で返す彼。まったく、相変わらず愛想のないお爺さんだ。
「貴方こそ何の用だ?ミスターJ」
「特に何もないさ。ただ、話をしたくてね」
「例の計画についてか?」
「大当たり」
私が拍手を送ると、彼の眉間のしわはますます深くなる。
ダメじゃないか。これ以上怖い顔になっちゃあ、部下に怖がられてしまうよ。
私は心の中でそう呟きながら、笑った。

「実験体D-1……確か氷の能力を持たせたんだっけ」
「ああ。一晩で洞窟一つを完全に凍らせてしまったよ。凄まじいものだ」
「ふふ、それはよかった」
「しかし、時間がかかりすぎるのは考え物だな。あの世界の時間にして10年。覚醒に至ったのがたった1体とは」
「そこは仕方ないさ。本人次第だからね」
「即効性が効かぬのは、商品としては考え物だ」
「まぁ、長い目で見ておくれよ」
そう言いながら私は振り返り、部屋を後にする。なんだか睨まれているような気もするが、まぁ些細な問題だ。

「さて……」
私は部屋を出たその後、次元をゆがめワームホールを開く。
経過を直接、この目で確かめるためだ。
人の心などというものを信じる哀れな勇者どもに。驕り高ぶった神々に。
『力』を持った者がどれだけ脆く、危うく、そして愚かなのか。そして自分たちの存在が絶対ではないと――そう知らしめてやるために。
私の顔は、思わずにやついた。
ああ、楽しみだよ。君を。君の光を否定できる、その日がね――



「ふん……相変わらず、何を考えているのか読めん男だ」
一人になった部屋で、私は愚痴をこぼした。当然、先ほどの彼についてである。
彼は十数年前、この組織へと接触してきた。あちこちで我々の活動を邪魔する忌々しき存在、エヴォリュート。その情報を手土産に、彼はとある提案を持ち掛けてきた。
『イミテリュート計画』。言ってしまえば、エヴォリュートを人工的に生み出す計画だ。
私は迷わずその提案に乗った。あの強大な力を我々で作り出せるのならば、これほど頼れるものはない。
――が、ここまで時間をかけてしまうとは想定外だった。実験体D-1……『氷結怪魔人レイス』。奴が覚醒に至ったのは、つい最近のこと。
それまでに、いったいどれだけの生物兵器が奴らに葬り去られたのだろう。
私は少し頭を抱えたまま、呟いた。
「全く、とんだ悩みの種を持ち込んでくれたものだ」、と。
虚空に彼のにやけ面を思い浮かべながら。
ミスターJ、またの名を――



「ジャナーク」
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