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16 僕は無力だ

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「っ、つ……うん……」
重い瞼をゆっくりと開き、目を覚ます。
体中に巻かれた包帯の感覚に若干の動きづらさを覚えながら、僕は体を起こし辺りを見回した。

「これは一体――」
一言呟いて、二の句を継げなくなる。
広い洞窟内に、見渡す限りの、竜人ひと妖精ひと。その表情には、一つたりとも喜びの感情は見て取れない。
ある者は涙を流し、またある者は眉間にしわを寄せたまま黙りこくり――とてつもない『負』の感情が、場を支配していた。
どうしてこんなことに――そう、思っていた時だった。

「やっと目ぇ覚めたか」
ぶっきらぼうにそう吐き捨てる、一人の少女――怪物に追われていた、あの竜人族の少女だ。
彼女は僕のほうを見ると、まるで『来い』と言わんばかりにわざとらしく振り返り、歩き始める。
上手く動かない足をゆっくりと動かしながら、僕は彼女の後を追う。

「ここは……」

そうしてたどり着いたのは、見知った家――リリンさんの家だ。どうやらあの洞窟は、エルフの村の外れにあったものだったらしい。
けれど、どうして竜人族の人々がエルフの村に?
僕が意識を失っている間、いったい何があったというのか――胸騒ぎを覚えつつも、僕は家へと入る。

「リ、リリンさんっ!」

それを見た瞬間、僕は叫びを上げ、駆け出していた。
苦しそうに唸りながら、ベッドに横たわっているリリンさん。大粒の汗がとめどなく流れ落ち、頬は赤く染まり、吐息は荒い。その額に触れると、尋常ではない熱がこちらにも伝わってくる。

「いったい何が!?」
僕は思わず、血相を変えて少女に詰め寄る。
「落ち着けっての……今から説明してやるから」
少女は椅子を軽く叩いて僕に座るよう促し、自身もまた腰掛ける。



「アイツ……何しでかすつもりだ!?」
慌てて家を飛び出したオレとリリンの二人。
空を見上げると、そこには村を見据えたまま宙に浮かぶ、奴の姿。その横には、いつの間にか移動していたあの男もいる。
ただならぬ気配に、思わず背筋に悪寒が走る。
そしてその悪寒は――最悪の現実をもたらした。
「やれ」あの男がそう言ったであろう次の瞬間。守り神――いや、怪物が動きを見せた。
奴が手を胸の前に出して力を溜め始めると、胸の前に何やらエネルギーが収束していくのが見えた。火の玉――いや、もはや小さな太陽と言ってもいい。とにかく、凄まじい熱量を秘めた光球が、奴の両手の間に作り出されてゆく。
「マズいッ!」
叫びとともに、リリンが両掌を勢いよく合わせた。何やらエネルギーを高め、練り上げている彼女の顔からは、一切の余裕は感じられない。
「お、おい、いったい何を――」
「説明している暇はない!飛ぶぞ!」
飛ぶ。その一言と共に両手を地面に着けると、巨大な魔法陣が展開され――オレたちは、光の中へと呑み込まれた。
そして再び目を開けたとき。オレたちを含む村の人々は皆、見知らぬ場所に――エルフの村にいた。



「……」
一通りの経緯を聞いた後。僕は言葉を失っていた。

その後、彼女は――ルージュは村がどうなったかを確かめに行ったらしい。
その結果としては――『』。
いや、『』と言うほうがより正確か。
彼女たちの故郷は、一瞬にして消え去ってしまったのだ。
他の誰でもない――ベリルの手によって。
これは夢だと、そう叫びたくなった。
あの彼が。僕の唯一にして、最高の友にして、人類の英雄となった男が。
何の罪もない竜人族の村を襲い、滅ぼした。
沸き起こる不快感が吐き気を誘発し、空っぽの胃から胃液だけが駆け上る。
それを気力でなんとか抑えつつ、僕はリリンさんをじっと見つめる。
彼女は人々を死なせまいと、村全域に『転移』のスキルを発動し、村にいた全員をエルフの村に避難させた。
しかし、そんな方法を取って彼女が無事であるはずがない。今まさに彼女が苦しんでいることが、何よりの証拠だ。
凄まじい後悔の念が押し寄せる。
僕が負けてさえいなければ。奴を倒してさえれば。

「お、おい!?どこ行くんだよ!」

この場にいることもできなくなり、僕は思わず飛び出し駆けてゆく。
大粒の涙を流し、顔をぐしゃぐしゃに歪めながら木々を抜け、深い深い森の中を走ってゆく。
奴に負け、何もできないうちに――竜人族の故郷は滅ぼされてしまった。
あの時と同じだ。ジャナークに見せられた、あの光景が脳裏に蘇る。
手に入れたはずなのに。誰かを守れるような、そんな『力』を。
僕はまた、何もできなかった――

「うわあああああぁぁぁ――――ッ!」

怒りと後悔を伴った僕の叫びが、夜の闇の中に響き渡った――
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