【完結】絵師の嫁取り

かずえ

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二十九 とらぬ狸の皮算用

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 三好屋の楼主は、不満を募らせていた。見世を預かって早二十年。吉原の三大看板である太夫の一人を抱え、大見世として栄えてきた三好屋が、自分の代で稼ぎを減らしたことに納得がいかない。
 持ちつ持たれつやってきた三つの大見世だというのに、揚浜屋が一人抜けした感のある今日こんにちの風潮に、内心の苛立ちが募るばかりだ。
 それもこれも、あの宇多麿うたまろの浮世絵の所為である。
 もともと、遊女たちの姿を描かせてそれを売り、宣伝すると共に金も稼ぐという商売は行われていた。それを、揚浜屋で抱えた絵師の宇多麿うたまろが、芸術の域にまで高めて、高価な浮世絵として売り出したのだ。宇多麿うたまろの絵は、今までの、宣伝も兼ねた上半身だけの似顔絵とは大違いである。
 きらびやかで高価な着物や帯を見せつけるように遊女の全身を描き、時には、顔など見えぬ後ろ姿のものもある。複雑な帯の結びを見事に描き上げたと、とんでもない評判になった。
 三好屋の楼主がその絵を見たときは、この絵師は、一体何を考えているのかと鼻で嗤ったというのに。顔も、胸も、足も、遊女としての宣伝になるようなものが何も見えぬ絵に、何の意味があるのか、楼主にはさっぱり分からなかった。
 うなじが色っぽいとの噂を聞いて、そんなところにも、色を感じる重要な部分があったのかと驚いたくらいだ。
 細かい模様の一つまで描かれ、見事に彩色された絵は、絵の値段とも思えぬほど高価なものであったが、裕福な商人や武家が競うように購入した。
 評判が評判を呼び、描かれた遊女たちを見ようと、客が揚浜屋に殺到した。特に、浮世絵によく描かれる浮雲太夫の花魁道中は、人が集まりすぎて、しっかり警備しないと怪我人が出るほどの騒ぎとなっている。
 もう少し安価に売るために、と版画も刷られ、揚浜屋の一強時代が始まっていた。
 このまま手をこまねいている訳にもいかない。二番煎じと言われても構わない、と絵師を雇って描かせてみるが、どの絵師も長く続かない。
 雇い入れの際にいくら確認しても、大抵、遊女の色香に狂ってしまう。
 心中騒ぎを起こしたり、手に手を取って吉原からの逃亡を謀り、大門の所で命を落としてしまったり、と散々である。
 あの宇多麿うたまろとやらは、衆道の輩なのだろうか。だから、遊女の誘惑に落ちることなく、あのような絵を描き続けることができるのだろうか。
 いっそ衆道の絵描きを求むと口入れ屋に頼ろうかと、本気で考えていた頃、女衒ぜげんの一人が絵描きを連れて来てくれた。
 遊斎という名の若い絵師は、腕もよく、紹介者が言うには、惚れた相手もいる様子。そう簡単には、遊女に靡くまい。それでも、万が一を考えて行動を制限し、決まった場所で、遊女とはあまり触れあわないように仕事をさせていた。
 世間知らずの遊斎は、文句も言わずにせっせと絵を描き、その絵は飛ぶように売れた。欲の出た楼主は、版画として売ることにし、遊斎には知らせぬままに版画絵を量産し始めたのである。遊斎への賃金は、一枚描く時の、安いままで。
 売ってみた版画絵は非常な評判を呼び、安い元手で大儲けを始めた所であった。
 それをまたしても、宇多麿うたまろに邪魔をされた。

「絶対に、許さん」

 どう遊斎を取り戻し、宇多麿うたまろに煮え湯を飲ませてやろうかと考えていた所へ、遊斎の家人だというふくが現れた。
 楼主は、まだまだ運は自分にあったのだと、ほくそ笑む。
 久しぶりに、心から笑うことができそうだ、と思いながら、遊斎を取り戻し、宇多麿うたまろを陥れる算段に頭を働かせ始めた。
 
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