【完結】絵師の嫁取り

かずえ

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二十二 腹が減っては

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「おはよう。行ってきます」
「朝御飯は?」
「いい。とにかく行ってくる」

 起きた時間はいつも通り。そこから、素早く顔を洗って身支度をし、家を飛び出した。朝御飯を抜いたのは、生まれてはじめてかもしれない。
 ふくの住む長屋から、遊斎の住む与兵衛長屋までの道のり半分を過ぎた辺りで、ぎゅうう、とお腹が鳴って後悔した。
 あちらこちらから漂う食べ物の良い匂いが、空腹を思い出させたのだ。

「ご飯を抜いたら、本当に駄目だわ!」

 とにかく気が急くままに、足を進める。遊斎さんの部屋に着いたら、持参した握り飯は分けあって、棒手振ぼてふりから何か買って足しにしよう。豆腐でも買えたら、味噌汁くらいすぐに煮ることができる。もう、葱がなくても構わないから、豆腐だけで味噌汁も作ってしまおう。
 頭の中で献立を組み立てていると、更にお腹が空いてきた。
 うん。私はいつも通りだ。
 昨夜は、遊斎のことが気になってあまり眠れなかったが、食欲が落ちることはないらしい。そのことに少しだけ元気が出て、先を急いだ。

「まず、顔を見たら分かるって言ってんのに懲りないね。いい加減におし!早くそこを避けとくれ!」
「くそばばあ!誰が何処で商売しようが勝手だろうが!」
「うちは、そうじゃないと何度言ったら分かるんだい。もう二度と来んじゃないよ!」

 与兵衛長屋の裏木戸は、行列ができていた。中に入ってもいいという証の木札をもっていないと入れないため、入り口で一人ずつ調べているらしい。追い返されて、悪態を吐いている棒手振りもいる。偽造の木札で入ろうとする者もいるようだ。
 おふくが訪ねる時間帯にこんな騒ぎになっていたことはないため、驚きつつ列に並ぶ。握り飯二つを持っただけのふくを、周りの棒手振りたちがじろじろと眺めた。

「長屋の人かい?」
「あ、いえ……」
「売りに来たんじゃねえだろ?」
「あ、はい」
「中の人に用事かい?木札は?」
「あります」

 証の木札を渡された時には、こんな仰々しいものいらない、頻繁に訪ねる訳でもないと思ったが、もしものためにと長屋の女衆に言い含められ、受け取っておいて良かった。
 木札を見た棒手振りが、

「おーい、婆さん」

 と、声を上げてくれる。

「この子、用事があるみてえだよ」
「ああ?」

 柄の悪い声を上げながら進み出てきたおかめは、ふくの顔を見て、ああ!と飛び付いた。

「おふくちゃん、良く来てくれた。熊吉は?熊吉はそちらにいるか?」

 おかめが慌てると、遊斎のことを熊吉、と呼ぶことをすでにおふくは知っている。遊斎は、長屋にも帰っていないらしい。

「そんな……」

 おふくの様子に、おかめは深呼吸した。心当たり二ヶ所にいない。こりゃ、仕事先で何かあったに違いない。

「まずは中にお入り。こんなに早くに来てくれたんだ。朝ご飯はまだなんじゃないかい?」

 すっかり元気を失くしたふくは、案内されるままに、遊斎の部屋に座り込むこととなった。
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