【完結】絵師の嫁取り

かずえ

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十四 三好屋の宣伝絵

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 市中に、遊斎の書いた遊女の宣伝絵が出回り始めた。三好屋みよしやという店での仕事だったらしい。評判の、三好屋の遊女の姿絵を二十文で手に入れた、という客が、食事をしながら自慢げに見せびらかしていた。ふくが、茶を出すついでにそれを覗くと、ふくの似顔絵の左下隅にも書かれていた、遊斎の文字が目に入ったので、遊斎の仕事だと知れたのだった。
 
「三好屋の紅葉もみじだよ。見ろ。この目の横の黒子の色っぺえこと」
紅葉もみじ?知らねえなあ」

 若い男が一人、絵を真剣に見ながらも、声を上げる。
 左目の際、泣きぼくろ、と呼ばれる位置に小さな黒子を持つ若い娘が、流し目でこちらを見ていた。口元は淡く笑んで、まだ花開く前のかたさすら魅力であるような美女だった。

「お前は、吉原なんて行ったこともねえだろうよ」

 すぐに、からかう声が上がる。

「馬鹿にすんねえ。吉原くらい行ったことあらあ」
「ははは。花見だろう?この辺りの者なら女子どもでも、一度は行ったことあらあな」
「花を見てたんじゃあ、遊女の顔も名前も分かるめえ」

 紅葉もみじという遊女を知らぬと言った男は、春には見頃の桜の木を植えて花見の名所となる吉原なら、近隣の者はだいたい見物に出掛けるものだと散々からかわれて、むっと口を閉じた。
 ここ浅草辺りからなら、近いものだ。もちろん、ふくも、家族と花見に出掛けたことがある。

「まだ、水揚げしたばかりらしいが、大した人気なんだとよ」
「へええ。こりゃ綺麗だ。色は付いてないのか」

 男が持っていたのは、墨一色の版画絵だ。一色の版画絵が二十文とはなかなかの値である。

「色付きなんて、倍の値だぜ。それでも飛ぶように売れて見ることもできなかったよ。澄尾すみお太夫の絵なんて、刷った端から売れちまって、店の前の立て看板に貼る分もないときたもんだ」
「へええ」

 絵を購入した男は話しながら、次々に絵を覗きにくる人々に見せている。

「こりゃ綺麗だ」
「これで水揚げしたばかりか。末恐ろしいねえ」
「今なら、手が届くかね」
「やめとけやめとけ。こんな目で見つめられたら、尻の毛まで抜かれるぞ」
「ちげえねえ」

 ふくも、遊斎の仕事をじっくりと見たくて、その人だかりに加わっていたが、離れた席から、お茶をくれ、と呼び掛けられて慌てて仕事に戻った。
 くるくると忙しく動きながら、考える。
 遊斎の絵は、見事だった。友人の頑張っている様子が知れて嬉しい。そう思いながら、あまりに綺麗な遊女の顔が頭の中に住み着いて、ふくをひどく落ち着かない気持ちにさせていた。
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