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六 料理屋の娘
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遊斎が、喉に詰まりそうな勢いで握り飯を頬張っている。
その目の前の紙を適当に避けながら、先程まで一緒に遊斎を支えていた女が声をかけてきた。ふくの母よりも、幾分か若いくらいの年に見える。
「ありがとうね、お嬢ちゃん」
「あ、いえ。あの、ふくと言います」
「あたしはとみ。美味しそうな煮物だね」
「ありがとうございます!」
父の料理を褒められるのは素直に嬉しい。ふくは満面の笑顔で頭を下げた。
「一つ幾らだい?」
「八文です」
「へええ。これも?」
遊斎が食事をする様子を呆れた顔で眺めていたおかめが、煮魚の入った小鉢を持ち上げた。
「はい」
「そりゃ、いいねえ」
ふくの父の店は、分かりやすいように、小鉢一つ八文。仕入れ値が張るものは、少し小さめに切って小鉢に入れている。高級などじょうやうなぎは専門の店に任せて、とにかく八文で納まる素材を煮て乗せる小鉢料理は、手軽に食べられると大変に繁盛していた。
「あ!」
ふくは気付いた。もうそろそろ、昼時になるのではないだろうか。ここまでかなり遠かった。帰りも同じだけ時間がかかるなら急いで帰らなければ。
「どうしたの、おふくちゃん?」
「店の手伝いがあるんです。私、帰らないと」
遊斎はまだ、握り飯しか食べていない。いつも遊斎が食べるよりも余分に持ってきた煮物たちは、置いていこうか。しかし、入れ物の小鉢は持って帰りたい。次に来るときに持ってきてもらう?いや、遊斎の家に、小鉢を運ぶための道具は無さそうだ。桶ごと置いていくというのも迷惑な気がする。
「ええと。遊斎さん、どの品を食べられますか?中を移し替えて置いていきます」
「あ、えーと。俺、茶碗も持っていなくて」
なんとこの家には、食事のための道具は一切無かった!箸まで、母が取り分け用にと桶に入れてくれた菜箸を使って食べようとしていたらしい。
「呆れた!茶碗も無しで暮らしてる馬鹿は初めて見たよ」
「おふくちゃん、ちょっとだけ待ってくれるかい?」
おかめとおとみが、揃って家を出ていく。気付くと、様子を覗いていた女衆も、ずいぶんと少なくなっていた。残っていた者も、ぱたぱたと自分の家へ走っていく。
あれよあれよという間に、色んな皿が並んだ。
「ここに移しておくれ。全部、遊斎に払わせるからね」
遊斎は、相変わらず必死で咀嚼しながら、こくこくと頷いた。
「あ、えーと、じゃあ六十四文で」
少し余分に持ってきてしまったから遊斎さんには多いだろうと思っていたし、とにかく念のために様子を見に来ただけであったから、お金のことは考えていなかった。
遊斎が無事で良かったと安堵したから、お金はもういらないような気がしたが、無料というのもおかしいかもしれない。小鉢八つ分と思ってふくは告げたのだが、馬鹿言っちゃいけないよ、とおかめが咎める声を上げた。
「小鉢八つに握り飯二つで八十文。配達料も取らなくちゃいけない。結構な距離があるんだろう?熊吉、百文くらい、とっととお出し。そしておふくちゃんを送っていっておあげ」
有無を言わせぬ口調でおかめは言った。残っていた握り飯を慌てて口に放り込んだ遊斎は、頷いて立ち上がる。壁際に無造作に置いてある甕の中からじゃらりと紐で繋がった銭を取り出して渡してきた。
父の料理への対価だ。ふくは素直に受け取った。
「見送りは大丈夫です。またご贔屓に!」
ちゃっちゃと受け取った銭と空の小鉢を桶に入れて立ち上がると、身軽に長屋を飛び出していく。
「早く追いかけな!」
おかめに背中を叩かれた遊斎も、着物を軽く整えると慌ててその背を追った。
その目の前の紙を適当に避けながら、先程まで一緒に遊斎を支えていた女が声をかけてきた。ふくの母よりも、幾分か若いくらいの年に見える。
「ありがとうね、お嬢ちゃん」
「あ、いえ。あの、ふくと言います」
「あたしはとみ。美味しそうな煮物だね」
「ありがとうございます!」
父の料理を褒められるのは素直に嬉しい。ふくは満面の笑顔で頭を下げた。
「一つ幾らだい?」
「八文です」
「へええ。これも?」
遊斎が食事をする様子を呆れた顔で眺めていたおかめが、煮魚の入った小鉢を持ち上げた。
「はい」
「そりゃ、いいねえ」
ふくの父の店は、分かりやすいように、小鉢一つ八文。仕入れ値が張るものは、少し小さめに切って小鉢に入れている。高級などじょうやうなぎは専門の店に任せて、とにかく八文で納まる素材を煮て乗せる小鉢料理は、手軽に食べられると大変に繁盛していた。
「あ!」
ふくは気付いた。もうそろそろ、昼時になるのではないだろうか。ここまでかなり遠かった。帰りも同じだけ時間がかかるなら急いで帰らなければ。
「どうしたの、おふくちゃん?」
「店の手伝いがあるんです。私、帰らないと」
遊斎はまだ、握り飯しか食べていない。いつも遊斎が食べるよりも余分に持ってきた煮物たちは、置いていこうか。しかし、入れ物の小鉢は持って帰りたい。次に来るときに持ってきてもらう?いや、遊斎の家に、小鉢を運ぶための道具は無さそうだ。桶ごと置いていくというのも迷惑な気がする。
「ええと。遊斎さん、どの品を食べられますか?中を移し替えて置いていきます」
「あ、えーと。俺、茶碗も持っていなくて」
なんとこの家には、食事のための道具は一切無かった!箸まで、母が取り分け用にと桶に入れてくれた菜箸を使って食べようとしていたらしい。
「呆れた!茶碗も無しで暮らしてる馬鹿は初めて見たよ」
「おふくちゃん、ちょっとだけ待ってくれるかい?」
おかめとおとみが、揃って家を出ていく。気付くと、様子を覗いていた女衆も、ずいぶんと少なくなっていた。残っていた者も、ぱたぱたと自分の家へ走っていく。
あれよあれよという間に、色んな皿が並んだ。
「ここに移しておくれ。全部、遊斎に払わせるからね」
遊斎は、相変わらず必死で咀嚼しながら、こくこくと頷いた。
「あ、えーと、じゃあ六十四文で」
少し余分に持ってきてしまったから遊斎さんには多いだろうと思っていたし、とにかく念のために様子を見に来ただけであったから、お金のことは考えていなかった。
遊斎が無事で良かったと安堵したから、お金はもういらないような気がしたが、無料というのもおかしいかもしれない。小鉢八つ分と思ってふくは告げたのだが、馬鹿言っちゃいけないよ、とおかめが咎める声を上げた。
「小鉢八つに握り飯二つで八十文。配達料も取らなくちゃいけない。結構な距離があるんだろう?熊吉、百文くらい、とっととお出し。そしておふくちゃんを送っていっておあげ」
有無を言わせぬ口調でおかめは言った。残っていた握り飯を慌てて口に放り込んだ遊斎は、頷いて立ち上がる。壁際に無造作に置いてある甕の中からじゃらりと紐で繋がった銭を取り出して渡してきた。
父の料理への対価だ。ふくは素直に受け取った。
「見送りは大丈夫です。またご贔屓に!」
ちゃっちゃと受け取った銭と空の小鉢を桶に入れて立ち上がると、身軽に長屋を飛び出していく。
「早く追いかけな!」
おかめに背中を叩かれた遊斎も、着物を軽く整えると慌ててその背を追った。
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