【完結】おお勇者よ、死んでしまうとは情けない、と神様は言いました

かずえ

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そして勇者は選んだ

78 魂の刻印

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 魔物がほとんど出現しなくなったことで、各地を往き来する定期馬車が運行されるようになった。
 商売人というのは、本当に逞しい。
 あっという間に新しい生活に馴染み、商売の機を逃さない。念のため、と護衛付きだから、金額はまだまだ高いが、個人で馬車を手配し、冒険者ギルドに依頼を出して隣町へと渡っていたことを思えば、驚くほどに安く、頑張れば一般の人間でも払える金額が設定されていた。
 俺とセナは、のんびりと定期馬車に乗って村へと帰った。
 二年ぶりの帰宅に、家族も村の人も、泣いて喜んでくれた。セナも泣いていて、やはり俺たちは間違っていなかった、と思った。 
 王都と、そこに暮らしていた人達を失ってしまったことは忘れていない。それでも、選んだ道は間違えていなかった、と胸を張って言える。セナを、家族の元に返すことができたのだから。

「ユーゴー、おかえり」
「た、ただいま……」

 泣いて喜ぶセナを見守る俺に、口々に声が掛けられる。
 俺も?
 俺にも、おかえりと言ってくれるのか?
 
「二人が無事で、本当に良かった」
「ありがとう」

 使い慣れていない俺の頬の肉が疲れてしまうくらいに、笑っていた。

 俺とセナが村に帰ってすぐに、セイン兄さんの結婚式が行われた。大して人の数がいない村では、小さな頃からずっと一緒に育っている年の近い男女で、若いうちに結ばれることが多い。もう二十歳になるセイン兄さんは、お相手のリリンが十六歳になるのを待っていたそうだ。

「セナは誰と結婚するんだ?」
「は?」

 結婚式に一緒に参列して祝福を送りながら、何となく言った。俺は、セナが幸せに暮らす様子を近くで見守りたいんだが、許して貰えるだろうか?できれば、俺が近くにいることを嫌がらない人を選んでくれると嬉しいな、と思う。
 二年も村を離れていたセナに、お相手は残っているかな。

「ユーゴーは、誰かと結婚する予定があるの?」
「俺は無いよ。覚えてる限り、結婚したことは無い」
「俺もないけど?」
「うん、そうか。そのうちって話だよ。セイン兄さんの次はセナかなって」

 どこか低い声のセナに首を傾げながら説明する。

「お願いがあるんだ。もし、セナが結婚してもさ、近い場所に住んでていいかな。ずっと側に居たいから」
「……側に居ればいいじゃん」
「え?あ、ああ、ありがとう。嬉しい」

 良かった。
 俺は、一人で暮らすのは慣れてるけれど、やっぱりセナの姿が見られないのは寂しいから。この人生が終わるまでだけでも、側に居させて欲しい。

「ずっと、一緒に居ようと言っただろ?」

 喜ぶ俺の胸元を、セナがぐい、と引いた。怒った顔のまま、俺の唇に唇を押し付ける。柔らかい感触が、何かを思い出させた。
 昔。
 遠い遠い昔の子どもの頃。
 十歳になっていない俺たち。
 俺には母がいて、隣の家のセナと仲良しで、いつも一緒に遊んでいた。
 教会で誰かの結婚式を見たセナは、俺に言った。

「大好きなユーゴー、大きくなったら結婚しようね」 

 そして、教会で見た通りに、俺に口づけをしたのだ。

「いいよ。俺も、セナが大好き」

 その時、胸に広がった温かさを、俺は生涯、忘れなかった。いや、その人生を終えて、神がその場面を飛ばした人生を何度繰り返させても、魂は絶対にセナへの気持ちを忘れなかったのだ。
 ああ。
 俺は、確信した。
 もしまた、やり直すことになっても、俺は決してセナへの気持ちを失うことはない。
 だから、もう死ぬことは恐くない。
 たった一度の口づけを忘れなかった魂に、二度目の口づけが刻まれたのだ。
 思い出して、嬉しくて、ぼうっとしている俺の唇から、セナの唇が一度離れた。

「ずっと一緒に居ることが結婚なのなら、俺はユーゴーと結婚したい」

 真剣な眼差しが俺を見ている。嬉しい。嬉しい。俺も。俺もそれがいい。
 頷いた俺に、三度目の口づけが落とされた。
 周りで誰かが笑っている。
 
「俺の結婚式なのに、何してるんだよ」

 セイン兄さんの呆れた声。

「俺たちも結婚しちゃった」

 セナの、嬉しそうな声。
 神の悲鳴が聞こえた気がしたが、セナがかけた結界に阻まれて、俺には微かにしか届かなかった。
 
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