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そして勇者は選んだ

64 クロ

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「こちらが言ってることは、それなりに理解してるみたいなんだが、言葉が出ねえな」

 俺は、十歳の姿で自宅のベッドに戻ったが、彼は、何歳の姿で何処に戻ったのだろう?今生での五年間に、養育されていた様子は見られない。一人で生き延びるにしても、あまりに幼ければ、あっという間に死んでしまっていただろう。もしかして彼は、俺と同じような年齢で、あまりの栄養不足に五年間全く成長していない、という可能性もないだろうか。

「俺のこと、覚えてないみたいだ」
「勇者のユーゴーを?」

 それでも、俺の顔をまじまじと見て、近付いてきた。

「お、分かるか。お前を助けてくれたお兄ちゃんだぞ、クロ」
「クロ?」
「名前が無いと不便だから、とりあえず付けた」
「……センス無いって言われませんか、ムスカさん」

 マールクの言葉にギリオンが、くっくっくっくっと笑いをもらす。
 この子の名前を知らないか、と俺に聞いていたが、クロは、クロ、と呼ばれる度に、その言葉が聞こえた方を向いているから、もう名前として認識しているんだろう。

「クロ。美味しいご飯、食べてるか?」

 ベッドにうつ伏せで寝たまま聞いてみると、うんうんと首が縦に振られる。 

「ご飯を一緒に食べようって誘って来てもらったのに、一緒に食べられなくてごめんな」

 俺とセナが差し出した手を取ってくれたのに、悪いことをした。
 クロは、首を傾げてムスカを見上げた。

「ユーゴー、難しいみたいだ」
「そうか」

 見た目より、もっと幼い中身。俺とやり合った後、記憶が完全に飛んで生まれ直したとしたら、今、五歳くらいか?それとも、養育者のいないまま過ごしたなら、もっと何も分からない状態なのか?魔王には、神の声は届かないのか?
 クロに聞いても、答えは返ってきそうに無かった。

「ムスカさんがずっと、面倒をみてるんですか?」
「ああ」

 独身のムスカに任せるより、家族のいる所に預けた方が、子どもの扱いに慣れていそうだけれど。

「今は、こんなにいい子にしてるけどな、ムスカがいないと大泣きの大暴れだ。触らせてもくれないぞ?」

 ギリオンが苦笑混じりに言った。

「だから、髪の毛もムスカが切ったんだ。ちょっと前髪が短すぎると思わないか?」
「似合ってるだろうが」

 似合ってるけど、子どもっぽい。
 くくっと笑うと、背中が痛い。

「ははっ、痛てて……」

 クロが、俺の頭に恐る恐る手を置いて撫でてくれる。

「ありがと。大丈夫」

 と、言うと、クロは嬉しそうにムスカを振り返った。
 クロはえらいな、かしこな、とムスカがクロの頭を撫でる。
 クロの顔が、はっきりと笑顔を作った。
 ああ。きっともう大丈夫。クロは、ことわりから外れた。
 後は俺が、生き延びるだけ……。
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