【完結】おお勇者よ、死んでしまうとは情けない、と神様は言いました

そして勇者は選んだ

25 考えたこともなかった

「考えたこともなかった……」

　ぽつりと言ったのはギリオンか。
　しばらく誰も喋らない沈黙の中、セナは首を傾げながらも抱きついた俺の背中を撫でてくれていた。

「勇者は、国を救う。見つかりさえすれば、国は救われると思っていた」

　一度はやったよ。あの時の俺が、国を救おうとしたのかどうかは分からないけれど、周りの指示通りに様々な村や町に現れた魔物を倒し、勇者の剣を手に入れ、魔王に挑んだ。そして、倒した。なのに神様は言ったのだ。
『おお勇者よ、死んでしまうとは情けない』と。
　あれは本当に一度目なんだろうか。もしかして覚えていないだけで、何度も何度も失敗しては、そうしてやり直しているのではないだろうな？
　ありえそうな想像にぞっとする。　
　この世界は、一体何周目だ？

「俺も、同じことを思っていた。勇者が勇者をやりたくない可能性なんて一ミリも考えたことなかった。」
「勇者が、俺たちと同じ、人であることを失念していたよ。どこか魔王のように、人でない何かだと思っていたのかもしれない」

　魔王。
　魔王も、魔物とは違い人に近かった。俺と同じ言葉を話し、似た見かけをしていた。俺と違うことなど、何かあったっけ？
　誰も、知らない。魔王が何か。魔王が生まれたとのお告げのあとに、魔物が増えた。神様が、魔王を倒すために勇者を遣わしたと言った。魔王はよくないものだと人々の意識に刷り込まれた。魔王の姿を知っているのは俺だけ？まさか。
　魔物を操る力のある人間を、人から遠ざけて育てたわけではあるまいな？
　共通の敵へ意識を向けるために？
　それとももしかして、人を駒のように動かして遊ぶ遊び？
　この世界を使った壮大な遊び。
　なんてしっくりとくる考えだろう。駒である俺を動かして、作った敵を倒して遊ぶ。俺に、きつい修行をさせれば物理的なレベルが上がる。人との関わりが深くなれば情に流されるから、強靭な精神のために周りとの繋がりをなるべく断ち切る。
　そうして作り上げた勇者で、同じく作り上げた魔王を倒せたら勝ち。負けたら、やり直し。
　そうして、何回かやって、まあまあ上手くできた勇者が前回の俺なのだとしたら？
　神は、今回も同じ育て方をしようとしたのだろう。何せあと一歩だったのだ。いや、倒したのだ、確かに。
　俺が生き残らなければいけない、というルールだとして、その後の世界を、神はどうするつもりだった？平和な世界。その時、俺は？セナを失ってなお、その世界で生きていけた？
　否。
　役目を終えた俺は、きっとそのまま、朽ち果てたに違いない……。