【完結】おお勇者よ、死んでしまうとは情けない、と神様は言いました

かずえ

文字の大きさ
上 下
154 / 211
そして勇者は選んだ

22 それは自分の意思

しおりを挟む
「それがどうした?」

 予想通りの答えに、これ以上の対話は無駄だと俺は思った。人との関わりの薄かった前世と違い、心のうちには様々な感情が渦巻く。
 世の中は複雑で、話が合う者と合わない者がいる。どんなに言葉を尽くしても、聞こうとしない者の耳に届くことはないのだろう。

「その場しのぎの方策では、やがて国は魔物に飲まれて消えてしまいます。今すべきことは、協力しあって魔物の群れを殲滅することではありますまいか?」
「勇者が、いずれ魔物を全て払ってくれることであろう。我らはその日まで、生きて陛下をお守りすることこそ使命」
「いるかどうかも分からない勇者に託している暇など無い!」
「神託は下りている。聖者もすでに降臨されているのだ」

 ギルドマスターの溜め息。
 マスター。俺は、あいつらのためでなく町の人々のためなら剣を取るよ?暮らしやすいこの町が好きだから。でも、手伝ってくれたら助かるな。群れを相手にするのは大変だから。
 俺が前に出ようとすると、セナに掴まれていた手を引かれた。逆に、セナが一歩前に出る。

「俺は、皆で討伐する案に賛成する」
「セナ?」
「なんだ、この子どもは?」
「神託の」
「セナ!」
「聖者」
「なん、だと……?」

 騎士は、セナを上から下まで眺めて、腰に下げた剣に手をかけた。

「王命に背いて逃げた聖者か」
「俺は、人々を救うためにある。冒険者として、人の役に立つことこそ聖者としての務めだ。冒険者として、ギルドマスターの決定に従う」

 おおおお、と建物内が揺れた。冒険者たちの喜びの声だ。

「帰れ」
「お前らの力なんて借りねえよ」
「俺たちが国を救ってやる」

 声と圧力に押されて、騎士はじりじりと後退りする。

「居場所は分かった、また来る」

 そう言って逃げていった。

「セナ、お前……」
「せっかくの能力なら、助けたいと思う人のために使いたい。勝手に決められた役割りだけど、隠して暮らしていたって、魔物は消えてはくれないんだ。命令されてやるくらいなら、自分の意思でやる」

 ギルドマスターの言葉は、セナの明るい声に遮られる。
 自分の意思で。
 そうだな。同じことをするにしても、神の意思だとか、王の命令だとか、それに動かされてやっているよりは、自分の意思でやりたい。
 そして俺も。
 まだ、神託は下りていない。
 勇者の剣も手にいれてはいない。
 俺が勇者だと知ってる者は俺が打ち明けたセナとセナの家族だけ。それも、神の証明はなく、自称でしかない。
 けれど、俺は俺が勇者だと知っている。人並み外れた魔力と膂力を持っている。
 ここの人たちと共になら、その力を使ってもいい。守りたい。護りたい。俺とセナとマールクとガウナーの小さな家を。その家があるこの町を。この町に住む人を守ろうとしている人々を。今は離れて暮らしている家族を。
 
「俺も、やる。魔物の群れと戦おう」
 
しおりを挟む
感想 65

あなたにおすすめの小説

身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!

冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。 「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」 前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて…… 演技チャラ男攻め×美人人間不信受け ※最終的にはハッピーエンドです ※何かしら地雷のある方にはお勧めしません ※ムーンライトノベルズにも投稿しています

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

騎士団で一目惚れをした話

菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公 憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。

やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。 昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと? 前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。 *ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。 *フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。 *男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

処理中です...