【完結】おお勇者よ、死んでしまうとは情けない、と神様は言いました

そして勇者は選んだ

7 捨てたもの

「やめてくれよ。どっか行けって。今、目立つことしたくないんだよ。」
「お金くれたら考えてやるよ。」
「その剣、使えるのか？それも寄越せ。」

　路地に近付くとセナの抑えた声と、からかうような男の声が幾つか聞こえた。

「騎士団がうろうろしてるんだぞ。こんなことしてたら、すぐに見つかる。」
「なぁんで、俺たちじゃなくてお前が、騎士団に見つかることを警戒してるんだ？訳あり？」
「いいね、訳あり。助けてやろうか？」

　もぐもぐとピタパンをかじりながら、声の方へ歩く。つけられてはいない。大丈夫。かじっていた残りのピタパンを、口に一杯詰め込んで走った。
　足音に振り向いた一番手前の男の足を、しゃがんで払って倒す。

「うおっ。」
「何だ？」

　倒された男の声に振り向いた別の男の腹に拳を叩き込む。

「ぐえっ。」

　最後の一人は、首の後ろに手刀を当てると気を失って倒れた。

「な、なんだ、おま……。ぐっ。」

　大きな声を出そうとした倒れている一人目も、口を手で塞いで腹に拳を叩き込んだ。
　よし。
　全員、声も出せずに悶絶してるな。

「お待たせ。」
「うん。」

　セナは何でもないように、荷物をまとめている。剣を俺に渡して、下ろしていたリュックを背負う。
　ふ、と俺を見て、くすと笑った。

「付いてる。」

　そう言いながら、俺の口の端を指で拭う。その指をべろ、と舐めて、美味しいと言った。

「俺も食べたい。」

　一つ渡すと、かじりながら歩き出す。
　酷いことするなとも言わず、倒れた男たちを気にすることもなかった。

「強くなったんだな、セナ。」
「強くなった？うん、そうだね、レベルは上がったよ。」
「レベルが上がったから、じゃなくて……。」
「ああ、うん。俺、ユーゴーに謝らなきゃ。ごめんね。皆を救うなんて無理だった。」
「うん？」
「見えるとこにいる困ってる人を皆救うなんて無理だった。何にもできない俺が、ユーゴーにお願いするのもおかしい話だった。俺は、強くなってやっと、守れるものなんてほんの一握りしかないんだと知った。」
「そう……？」
「俺は選ぶ。……選んだ。」

　きり、とこちらを向くセナ。

「ユーゴーの側で、ユーゴーと一緒に生きていきたい。ユーゴーの楽しいことを一緒にしたい。離れたくない。離れているのが辛かった。他の誰かを救うためにユーゴーと離れなくちゃならないなら、その人を救うことをあきらめる。」
「うん。」

　俺は胸に、じわじわと嬉しい気持ちが湧いてきて、セナに笑いかけた。きり、とした表情のセナの、口の端に付いたピタパンのソースを指で拭う。
　俺はこの人生のはじまりからとっくに、この世界の命運を捨ててセナと過ごすことを選んでいるんだ、と伝えることはできなかった。
　それは、セナに伝えるにはあまりに重たい荷物のような気がした。