【完結】おお勇者よ、死んでしまうとは情けない、と神様は言いました

そして勇者は選んだ

1 正しいのは？

　セナにまたね、と言ってから、俺はすっかり心も体も軽くなっていた。神様からの加護が、体から溢れるくらい流れ込んでくるのが分かる。
　何故、これを拒絶していたのかと思うほど気持ちは落ち着いていて、心のままに魔物を倒し、剣技や魔法を磨いた。回復も早く、レベルがどんどん上がっていくのが分かる。
　神の導きのままに行動することは、俺にとってとても自然なことだった。そして、とても楽だった。次第に、自分の意思がどこにあるかも見失っていたんだろう。
　久しぶりにセナの声を聞いて、自分の意思で辺りを見回してみれば、深い森の中。抱きついてくれたセナを抱き返すこともできずに、呆然としてしまう。

「ユーゴー、ごめん。ごめんなさい。」
「セナ？」　　
「無事で良かった……。」

　セナは何に謝っているのか。約束の日はまだ先だったよな？心配してくれたのか？相変わらず、セナは優しい。
　ぱちぱちと火のはぜる音。
　ああ、飯が焦げている。
　お腹空いたな。
　
「どうした？」

　尋ねると、震える声が返ってくる。

「俺が、俺が間違っていた。ユーゴー、やらなくていい。勇者になんて、ならないで。」

　やらなくていい。
　勇者になんて、ならないで。
　軽かった頭と体に、どろりと粘性のある液体を流し込まれたような気がした。ずきんずきん、と覚えのある頭痛が襲う。

「う。」

　思わず口から呻き声が出て、奥歯を噛みしめた。

「うう。」

　それでも、頭痛は収まらない。立っているのも辛くなってしゃがみこんでしまうなんて、何年ぶりだろうか。
　セナの他にも誰かの声がする。俺はこの声を知っている。ああ、俺の大切な……。

　気付くと、自分が寝床にしていた大木のうろに寝かされて、頭痛は無くなっていた。柔らかい毛を持つ魔物の皮を剥いで敷いてあるが、背中が痛い。
　握られた手から、温かい光の魔力が少しずつ流れてきていた。

「ユーゴー。気付いた？」

　そんな泣きそうな顔してどうしたんだよ、セナ？

「腹、減った……。」　

　俺の言葉に、ははっと笑う声がする。二人とも知ってる顔だ。一人は笑って、一人は心配そうに俺を覗き込んでいる。俺とセナを助けてくれる仲間たち。

「お前が食おうとしてたのは、丸焦げだ。炭になっちまった。悪かったな。」

　仕方ない。
　黙って首を横に振る。
　顔や口が思うように動かなくてもどかしい。人は、動かしていないと使い方を忘れてしまうものなんだな。
　セナの手が、心配そうに俺の頬を撫でた。
　その手を大切に掴んで起き上がる。この寝床は硬くて痛い。そしてセナがいない。今日からは寝られそうにない。
　セナを抱きしめると、身体中の力が抜けたような気がした。
　神様の声はもう、聞こえない。体は重く、頭のどこかで間違っている、と思う。
　でも、俺はこうしたかったんだっていう喜びに溢れていた。
　ああ、セナ。
　俺は今、笑ってるかな？