【完結】おお勇者よ、死んでしまうとは情けない、と神様は言いました

小さな幸せを願った勇者の話

37 勧められた治療法

　神の思惑が働いているのだろうか。使者は呆れるほどの頑固さで、なら置いていけばいい、と言った。
　友人なのであろう御者がどんなに言葉を尽くしても、頑なに俺たちへの態度を変えない。
　すでに偽者の使者だと俺たちに知られてしまった以上、俺たちを見張りつつ、しっかりと王都へ運んで、兄に支払われる給与を分けてもらうのが今一番現実的な選択なのではないだろうか。もう、この道中にかかる費用を節約して懐に入れることはできないのだから。
　しかも、こんな風に俺たちを憎々しげに睨み付けたままだと、お金ももらえずに放り出される可能性だってあるのに。そして、俺の渡した火の魔力は彼の体内にくすぶったままだ。それも、俺に取り出されることを頑なに拒否する。

「……ハロン。こんなところに一人で残って、どうやって王都に帰るつもりなんだ。本当に遠いんだぞ。」
「分かっている。分かっているけど、どうしても……。」

　ハロン、と呼ばれた使者は苦しそうに顔を歪めた。これはもう、本人の意思ではどうしようも無さそうだ。

「せめて、教会に置いていこう。」

　それには否やは無かったらしく、のろのろと怠そうに付いてきた。馬車を置いて行って持ち去られてもいけないので、御者を留守番に残す。
　
「体調が悪いなら、教会じゃなく薬師の所に行った方がいい。」

　道行く人に教会への道を尋ねるとそんなことを言われ、薬師の店を紹介された。

「いや、俺たちは教会に行きたいんだ。」
「そっちの兄ちゃんの体調が悪いんだろう？うちの町の聖女は無能で有名だ。町の者は皆知ってるんだが、旅の人が知らずに教会に行こうとするんだよな。手遅れになっちゃいけねえ。悪いことは言わないから薬師のとこへ行きな。」
「ありがとう。」

　ハロンが青い顔をしているのは確かだし、薬師の店というのも興味がある。まずはそちらへ向かうこととしよう。

「薬師って、初めて聞いた。」
「俺もだ。」

　俺たちの会話にハロンが侮蔑の表情を向けてくる。

「誰もが聖女の恩恵を受けられる訳じゃねえ。そうなりゃ薬で治すしかないだろうが。」
「なるほど。薬で手当てする人を薬師って言うんだ。なら、父さんは薬師だね。」
「セイマ父さんは治療士じゃないか。薬と治癒とどちらも使うから。」
「あー、なるほど。でも、治癒が使えるって言わない方がいいから、父さんは薬師ですって言っておこう。」
「それがいいな。」

　俺たちの軽い会話にハロンが口を挟む。

「俺には聞かれてもいいのか。」
「構わない。お前はこの町からどこにも行けやしない。」

　一人でこの町に残ったなら、たとえ旅費を渡しておいたとしても、王都へ帰ることは難しいだろう。王都の方向へ行くほど魔物は強くなる。生まれた町を、村を出て歩くことは本当に危険で、人々は基本的にその町で生涯を過ごす。行商人と冒険者は、命をかけて仕事をしているのだ。
　がたがたと震えだしたハロンは、そのことをようやく思い出したようだった。