【完結】おお勇者よ、死んでしまうとは情けない、と神様は言いました

かずえ

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小さな幸せを願った勇者の話

32 司祭は治癒魔法を使う

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 俺は、ソファで治療を待つ親子をちらりと見た。早急に治療が必要なようには見えない。
 ならば。
 まだうっすらと光っている司祭を引っ張って、治療院の外に出た。
 そこに列をなしている人々が、一斉にざわめく。
 いい感じだ。思わず口角が上がった。セナが俺を見ている。そちらへ一つ頷いて声を上げた。

「聖女さまが体調を崩され、司祭さまへお力が譲渡されました。これからは、司祭さまが治癒をしてくださいます。」

 どよどよと、戸惑う声が広がる。
 とっとと仕事にかかってもらおう。

「それでは、司祭さまには治療室へ入って頂きますので、今まで通りにどうぞ。」
「どういうことだ。お前たちは何者なんだ。」

 一人の男が声を上げる。
 しん、と突然静かになった。

「ああ。」

 俺は、更ににっこりと笑みを深めてセナに跪いた。

「この方は、神託の聖者さま。神が、勇者を助ける者と告げられたお方です。」

 セナが、跪いた俺を嫌そうに見る。そっと首を横に振ると、きゅっと唇を噛んで前を向いた。

「聖女さま一人に負担をかけてはなりません。」

 少し高めのよく通る声が心地よく響く。

「光の魔力をお持ちの方がいらっしゃれば教えてください。治癒魔法を使用できるように祝福を授けます。多くの手があれば、このように並ぶ必要もなくなることでしょう。」

 また、その場はどよめいた。特別な魔法。治癒を使えるのは聖女のみ。そう言われていた。そう信じられている。だから、誰も試したことも無いのではないだろうか。だから、正しい情報は伝わらず、聖女は魔力と生命力を搾り取られて、その命をあっという間に散らす。
 他者に治癒をかけることで聖女の命を削っていると知らずに、不調を治せ、怪我を治せと人は言うのだ。知っていて言っている者もいるとして、それなら尚更その状況を作り出している者たちを許せない。
 そのままならいずれはセナの命を削ることになるのだから。
 身分の高い者に魔力で足りないほどの治癒を頼まれたら、断っても断らなくても死んでしまう。
 そんな状況に陥らせないために俺が、俺たちが考えた手段。それが、治癒魔法は光の魔力があれば誰にでも使えるということを広めることだった。
 治療室から、治療を待っていた親子が出てくる。

「司祭さま。うちの子の発熱と湿疹を早く治してくださいませ。とても辛そうで見ていられません。」

 それは、幼子おさなごがこの世界に馴染むために出す軽い発熱なのではないだろうか。どのような子も皆、母の腹の中から出てくる。腹の中で生きるための体を、外でも生きられるように作り替える過程で、誰もが数日発熱するのだとセイマ父さんが言っていた。必要な発熱だから、見守っていれば問題ないはずだ。
 そんな当たり前の発熱にさえ聖女の命を使っていたなんて……。
 俺は、ぎりと奥歯を噛んだ。いつの間にか苦手になった無表情を保てるように。
 
『その体は正常に戻れ。』

 司祭が戸惑いつつも治癒魔法を発動する。
 大雑把なかけ方を見るに、魔力がなくなれば生命力を使用することは知らないようだ。
 子どもの体がうっすらと光った。ぶつぶつと赤かった湿疹が消え、頬の赤みが消える。もともとそれほど辛そうな様子は無かったから、あっという間であった。
 おおお……と感嘆のどよめき。
 司祭も驚きつつ、どこか誇らしげにしている。

「私は、光の魔力を持っています。」
「私も。」
「俺も。」
「俺もあります。」

 数人が手を挙げながら口々に言った。
 俺はにっこりと笑う。善良に笑えているだろうか。聖者の従者らしく。これは、死へのいざない。それでも朗らかに。

「治癒魔法を使えるように、皆様に聖者さまの祝福を。」
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