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四拾七 一件落着
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「ちが、違います。私です。私が、私が奥様を。母上を」
「仕える主の食事に毒を盛り、命を奪ったその所業許し難し。よって、打ち首とする」
「弟は、小太郎は関係ありません。何も知りません。どうか、どうか」
「姉上。せめて、謝罪を……」
平伏したままの小太郎の声は、取り乱した三葉に届くことは無かった。
「連れていけ」
三葉が部屋から出され、橘の娘の、泣き疲れてしゃくり上げる音だけが響く。
「さて、橘大善に協力していたそこの二人、とりあえずの罪状は作次郎への狼藉とお匙への狼藉である。その方らは我が藩の家人ではないため、沙汰は奉行所へと引き継ぐ。取り調べは行ってから奉行所へと引き渡すゆえ、仔細は後程聞く。沙汰は以上である」
ただ俯いて黙っていた橘大善が、声を絞り出した。
「離縁致したく……」
娘の泣き声が堪えたのか、張りのない声が言った。
「許そう」
「承りましてございます」
良人を見限ったのか、子らを生かす道を選んだのか、橘の妻は取り乱すことなく、子らを抱えて頭を下げた。
だが、実家に帰ったとて平穏な人生は送れはしないだろう。何故なら。
「此度の江戸藩邸での騒動、橘大善ただ一人でできるものとは思えぬ。藩主の妻がみまかり、子息が失踪して誰一人からも連絡無しとは。後程しかと話を聞かせてもらおう。客間で沙汰を待て」
青い顔で頭を下げる江戸藩邸の家臣の中に、橘の妻の兄がいる。ほとんどの家が関わっており、家中から出さねばならないのは間違いないだろう。
政景は、顔を手で覆ってうつむいたままの佐和を見た。顔は俯けてこそいないものの、悲しげに目を瞬かせる一之進を見た。
その方らのその優しさが、その弱さが、この事態を引き起こしたのだ。
政景は苦いものを噛みしめる。
体調が思わしくない中、背筋を伸ばして表情を変えずに全てを見守った作次郎。広が生きていたなら、作次郎と同じように、決して顔を伏せたりはしなかっただろう。
その強さが、一之進を脅かすと見られてしまったのだ。
「佐和、一之進。しかと見届けよ。此度の仕儀、その方らにも責がある。情けのかけどころを間違うてはならぬ」
自らの欲のために、仕えるべき主の家族を害した。藩のためと言いながら、要望を通しやすそうな一之進に確実に藩主となってもらうために、作次郎と広を亡きものにしようとした。
もう二度と、このような事態を起こさぬために、決して甘い処罰で終わってはならぬ。
一之進は、必死で唇を噛みしめて前を向いた。佐和も、手を顔から下ろす。
それを見届けてから政景は立ち上がり、部屋から出ていった。
「仕える主の食事に毒を盛り、命を奪ったその所業許し難し。よって、打ち首とする」
「弟は、小太郎は関係ありません。何も知りません。どうか、どうか」
「姉上。せめて、謝罪を……」
平伏したままの小太郎の声は、取り乱した三葉に届くことは無かった。
「連れていけ」
三葉が部屋から出され、橘の娘の、泣き疲れてしゃくり上げる音だけが響く。
「さて、橘大善に協力していたそこの二人、とりあえずの罪状は作次郎への狼藉とお匙への狼藉である。その方らは我が藩の家人ではないため、沙汰は奉行所へと引き継ぐ。取り調べは行ってから奉行所へと引き渡すゆえ、仔細は後程聞く。沙汰は以上である」
ただ俯いて黙っていた橘大善が、声を絞り出した。
「離縁致したく……」
娘の泣き声が堪えたのか、張りのない声が言った。
「許そう」
「承りましてございます」
良人を見限ったのか、子らを生かす道を選んだのか、橘の妻は取り乱すことなく、子らを抱えて頭を下げた。
だが、実家に帰ったとて平穏な人生は送れはしないだろう。何故なら。
「此度の江戸藩邸での騒動、橘大善ただ一人でできるものとは思えぬ。藩主の妻がみまかり、子息が失踪して誰一人からも連絡無しとは。後程しかと話を聞かせてもらおう。客間で沙汰を待て」
青い顔で頭を下げる江戸藩邸の家臣の中に、橘の妻の兄がいる。ほとんどの家が関わっており、家中から出さねばならないのは間違いないだろう。
政景は、顔を手で覆ってうつむいたままの佐和を見た。顔は俯けてこそいないものの、悲しげに目を瞬かせる一之進を見た。
その方らのその優しさが、その弱さが、この事態を引き起こしたのだ。
政景は苦いものを噛みしめる。
体調が思わしくない中、背筋を伸ばして表情を変えずに全てを見守った作次郎。広が生きていたなら、作次郎と同じように、決して顔を伏せたりはしなかっただろう。
その強さが、一之進を脅かすと見られてしまったのだ。
「佐和、一之進。しかと見届けよ。此度の仕儀、その方らにも責がある。情けのかけどころを間違うてはならぬ」
自らの欲のために、仕えるべき主の家族を害した。藩のためと言いながら、要望を通しやすそうな一之進に確実に藩主となってもらうために、作次郎と広を亡きものにしようとした。
もう二度と、このような事態を起こさぬために、決して甘い処罰で終わってはならぬ。
一之進は、必死で唇を噛みしめて前を向いた。佐和も、手を顔から下ろす。
それを見届けてから政景は立ち上がり、部屋から出ていった。
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