【完結】ふたり暮らし

かずえ

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四拾弐 父の背中

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 橘が床に伸びて目を回す。知徳とものりは、油断なくその体を拘束した。
 それを見て腰を浮かしかけた橘の手下二人も、いつの間にか現れた二人の男に拘束されている。

「面白くねえ捕り物だったな」
「面白い捕り物って何ですか……」

 政景がぽそりと言うと、知徳が呆れた返事を呟いた。
 ふと布団の方を見ると、作次とおみつが手を取り合ってぐったりしている。

「こいつはいかん。おさじはまだか。白湯も持ってこい」
「平政様が探しておりますが、なかなか姿が見えません」
「父上」

 ふと思い付いた作次が声を上げた。

「座敷牢がある」
「何だと?」
「俺は昨晩、そこに置かれていた」
「案内できるか」

 頷く作次を政景が抱き起こす。まだまだ作次の体は熱を籠らせて熱かった。食事も取れていないので、ふらふらしている。
 作次と繋いでいた手を離したおみつが不安な様子で布団からそれを見上げる。
 政景は、作次に背中を向けてしゃがんだ。

「え?」
「おぶってやる」
「ええ?」
「早うせい」

 おずおずと背中に乗る作次を揺すりあげながら、政景は立ち上がる。自分を全て預けているような感覚に、何とも言えない気持ちがして、作次はしかとしがみついた。
 長屋で見かける、背負われている赤子がよく、気持ち良さそうに寝ているのを思い出す。
 これは、何とも心地好い。

「おみつ、寝ておれよ。じきに戻る」

 おみつにもしっかりと言葉をかける父が、とても頼もしい。政景は、確かな足取りで廊下を進んだ。いつの間にか数人の家臣が着いてきていたが、気付かなかった作次は、父との二人の時間を大いに満喫した。
 果たしておさじは座敷牢に閉じ込められていた。屋敷の中にそのようなものがあることを知る者は、ほとんどいなかったようだ。昔からあったということはなく、屋敷の使われていない場所に橘が作った物であったらしい。部屋は古くてあちこち傷んでいるが、格子戸は新しかった。

 無事に助け出されたおさじは、ほんの数刻でも座敷牢に居るのはなかなかに堪えたと文句を垂れながら、相変わらずの苦い薬を作って作次に飲ませた。熱のないおみつの薬は、少し変わった味がする程度であったらしく、作次は散々に悪態を吐いた。

「それだけ元気になったならもう大丈夫」

 くそじじい、と言われて猶、かかと笑っておさじは言った。
 粥を食べて、手を繋いで寝た二人を見守って、大人達は漸く安堵の息を吐いた。
 
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