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参拾五 五十両
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橘大善は、金庫から五十両取り出し、まずは二十両を懐に入れた。藩主から言われたのは、作次郎が世話になった者への謝礼を五十両払うことである。すでに二十両払ったと報告してあるので、懐に入れても問題はない。
朝食をと連れていった先で、作次郎が吐き戻して倒れた時には、なんと役に立たない代役かと腹立たしかったが、特にお咎めもなく、他の者がばたばたと世話を始めたので、これ幸いとその場を離れた。意識が無ければ、余計なことも言うまい。とっとと片付けて、死体にしてしまいたいものである。
二十両ものへそくりが期せずして手に入り、少し気分が浮上する。更に残りの三十両から幾ら頂こうかと考えながら振り向くと、杉谷知徳が静かに立っていた。
「何用か」
驚きを隠して、乱暴に声を上げると、若い小姓は無表情に、橘を見ている。端正な顔にはほとんど表情が浮かばず、何やらそら恐ろしい。
「ここは、江戸の藩邸を預かる者しか入れぬ場所だ。お前のような小姓が来てよい場所ではない」
「何故、五十両出されるのですか?」
淡々と、知徳は言った。
自身の言葉をまるきり無視されて、は?と橘は声を上げる。
「すでに二十両渡したと申されました。であれば、残りは三十両の筈」
ああ、とようやく話が飲み込める。
「先の二十両は、急ぎであったゆえ某の私財から都合した。よって、返却して頂く。だから五十両だ」
「私財で二十両を出せるのですか。随分と貯め込んでいらっしゃる」
「某は、ここを預かっている。その程度、当たり前のことであろう」
「左様。しかし、最近はどこの馬の骨とも知らぬ破落戸を集めて使っておられるとか。そちらを私財で賄っておられるなら、なかなかに大変なのでは?」
「必要だから雇っておるのだ。殿には、奏上申し上げているのに、なかなか予算を計上してくださらぬ」
「この度、領地から多めに連れてきた故、早々に解雇せよとのお達しです。大塚様と共にこちらに置いて帰りますので、ご安心ください」
その言葉に、橘は、ぴくりと眉を動かした。
「それでは領地が手薄になろう」
「殿がご判断なされたことです」
「……左様か。では、某は失礼する。この金を届けねばならぬのでな」
知徳は黙って頭を下げる。橘は金を抱えて悠々と立ち去って行った。
朝食をと連れていった先で、作次郎が吐き戻して倒れた時には、なんと役に立たない代役かと腹立たしかったが、特にお咎めもなく、他の者がばたばたと世話を始めたので、これ幸いとその場を離れた。意識が無ければ、余計なことも言うまい。とっとと片付けて、死体にしてしまいたいものである。
二十両ものへそくりが期せずして手に入り、少し気分が浮上する。更に残りの三十両から幾ら頂こうかと考えながら振り向くと、杉谷知徳が静かに立っていた。
「何用か」
驚きを隠して、乱暴に声を上げると、若い小姓は無表情に、橘を見ている。端正な顔にはほとんど表情が浮かばず、何やらそら恐ろしい。
「ここは、江戸の藩邸を預かる者しか入れぬ場所だ。お前のような小姓が来てよい場所ではない」
「何故、五十両出されるのですか?」
淡々と、知徳は言った。
自身の言葉をまるきり無視されて、は?と橘は声を上げる。
「すでに二十両渡したと申されました。であれば、残りは三十両の筈」
ああ、とようやく話が飲み込める。
「先の二十両は、急ぎであったゆえ某の私財から都合した。よって、返却して頂く。だから五十両だ」
「私財で二十両を出せるのですか。随分と貯め込んでいらっしゃる」
「某は、ここを預かっている。その程度、当たり前のことであろう」
「左様。しかし、最近はどこの馬の骨とも知らぬ破落戸を集めて使っておられるとか。そちらを私財で賄っておられるなら、なかなかに大変なのでは?」
「必要だから雇っておるのだ。殿には、奏上申し上げているのに、なかなか予算を計上してくださらぬ」
「この度、領地から多めに連れてきた故、早々に解雇せよとのお達しです。大塚様と共にこちらに置いて帰りますので、ご安心ください」
その言葉に、橘は、ぴくりと眉を動かした。
「それでは領地が手薄になろう」
「殿がご判断なされたことです」
「……左様か。では、某は失礼する。この金を届けねばならぬのでな」
知徳は黙って頭を下げる。橘は金を抱えて悠々と立ち去って行った。
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