【完結】ふたり暮らし

かずえ

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拾七 わがまま娘顛末

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「そんな一途なとこも、格好良いわあ」

 三左さんざ親分の言葉に、誰かがぼそりと呟くのが聞こえた。

「そうねえ。誰にでも愛想良いのに、本当の顔を見せるのは一人だけなんて、素敵ねえ」

 そうして、てんでに小説の登場人物の話が始まった。
 三左は、ほら、帰った帰った、と騒いでいた娘とお付きの男たちと、更にお付きの女もまとめて追い出す。

「嘘ばかり並べて、覚えてらっしゃい」
「嘘じゃねえよ。おめえみてえなのに、あのが作次のい人だ、なんて教えたら何するか分からねえから、言わねえけどな」

 その横を、おみつが布を背負って通って行く。

「こんにちは。親分さん、お世話になりました」
「おみっちゃん、いたのかい?」
「たまたま通りかかったの」

 少し遠回りしているが、野暮は言いっこなしだ。

「そりゃ、災難だったな」
「店を覗こうかと思ったけど、今日は混んでるようだから、またにしようと思って」
「それがいいな。また来るといい。見回りはしとくよ」
「ありがとう」

 おみつがいると思わなかった三左は焦ったが、落ち着いている様子のおみつにほっとして、見送る。これで安心だ。
 不貞腐れた顔でまだ近くにいた娘を見遣る。

「ほら、お前も帰んな。もう騒ぎを起こすんじゃねえぞ」

 わがまま娘は気付いていないようだが、鋭い目でおみつを睨んだお付きの女は、何かを察したのかもしれない。三左は、お付きの女を睨み付けながら、言葉を重ねる。

「次に騒ぎを起こしたら、番屋に連れていって親を呼び出すからな」
「そんなことしたら、あなたの方が困るんだから!」
「また騒ぎを起こすって言ってんのか」
「私はきちんと買い物をして、話をしたいと言ったでしょう」
「作次が断ったのは聞こえたか?」
「~~~~~っ。毎日通って、振り向かせてみせるわ」
「常識の範囲でやれ。その分には何も言わねえよ。やけ酒には付き合ってやるさ」
「私の器量なら、その辺の有象無象に負けるもんですか」
「中身も磨いてこい。男も女も大事でえじなのは中身でい」

 むっとしながらも家路についた娘は、近くの米問屋の九つの次女だった。使用人が持っていた姿絵に一目惚れして、すぐに行動を起こしたようである。
 生まれてこのかた思い通りにならなかったことなどない娘は、家で作次が欲しいと言ってみたが、父や母に散々に叱られた。人は物ではない、人を大事にしない人間は駄目だ、と説教され、お付きの者も厳しい躾をする者が担当することになり、滅多に姿を見せなくなった。
 たまに清兵衛商店に買い物に現れるが、会えない間に募った想いで、ろくろく話もせずに、ちらちらと作次の姿を見るだけで帰って行くようになった、とのことだ。
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