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拾六 わがまま娘
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おみつは、仕上がった品をいつもの呉服屋に届けた帰り、ふと思い立って清兵衛商店に寄った。最近は作次が忙しく、二人で届け物に行けないので、特に寄り道することも無かったのだ。
清兵衛商店は、噂に聞いていた以上の賑わいで、驚いてしまう。
「作ちゃんが見えないー」
「今日は何でこんなに待つの?」
「一目見ようと思っただけなのにー」
人だかりから聞こえる声を集約すると、いつもより混んでいる、らしい。
その内、言い争う大きな声が聞こえた。
「いい加減にして」
「買い物が済んだなら、どけてちょうだい」
「たくさん買ったから一人占めできるとか、そんな決まりは無いのよ」
そのうち、ざっと前の方の隙間が空くのが見えた。屈強な男が三人、客を威嚇して退けたらしい。
「お客様、困ります。あまり商売の邪魔をされると、十手持ちを呼ばなきゃなりません」
「貧乏人どもが五月蝿くて話せやしない。店頭の品を全て買うから、作次を私に寄越しなさい」
前方から甲高い声が言うと、周りの客から一斉に非難の声が上がった。
「すみません、お客様。おいら、売り物じゃねえんで。売る物が無くなったら家に帰りますけど」
作次は、殊更子どもっぽく言いながら、慇懃に頭を下げる。
「こんな小さな店の品なんて、全部買い上げてお前に休みをあげるから、私と一緒にいて頂戴」
「おいら、休みがあったら家に帰りますけど」
「やだ。まだ子どもね。お母様と一緒にいたいの?大丈夫よ、夕刻には帰してあげるから」
「いえ。母う……母は、亡くなっております」
「は?では、お父様と二人?なら、急いで帰ることないじゃない」
はあ、と作次は溜め息を吐いた。おいら、惚れた女と暮らしてるんで、と言いかけた言葉を飲み込む。
「他所のうちの事情に首を突っ込むもんじゃありませんや」
「そうです。買い上げて頂いたって仕事が無くなるわけじゃありやせん」
清兵衛も、相手が客とはいえ腹に据えかねて口を挟んだ。
身なりの良い女の顔が、苛々と歪む。
そこへ誰かが呼んで来たのか、男の声がかかった。
「何の騒ぎでえ?」
この辺りの揉め事を担当している岡っ引きの三左が来てくれたようである。屈強な男達が、はっと身を固くする。三左は武闘派で、腕っぷしが強かった。
「親分。営業妨害で困っておりました。助かります」
「おう。何でい、品物も無事じゃねえか。可愛いもんよ」
素早く清兵衛が現状を説明すると、くるりと辺りを見渡した三左が軽口を叩く。
「営業妨害なんてしてないわ。買ってやるって言ってんのよ。私は客よ?」
「店員は売り物じゃねえと何度言ってもきかねえんでさあ」
「ははあ。作、もてる男は辛いねえ」
「おいら、そんなこと望んじゃいねえですよ、親分」
「分かってらあ」
がはは、と豪快に笑った三左は、騒いでいた娘に凄んだ。
「作次にゃ好い人がいるんでい、あきらめな」
「は?な、何を言ってらっしゃるの?二人でお話しましょうと言ってるだけでしょう」
「作次の休みに頼んでみることだ」
「お断りします」
「作、まだ頼まれてもいねえよ?」
「親分さん、冗談きついや」
作次には心に決めた相手がいることは、清兵衛から聞いている。
「集まってる娘っこたちもよーく聞いときな。作次はもう、相手がいるんでい。買い物ついでに粉かけても、まったく無駄だからやめときな。見て楽しむ分には無料だから、存分にな」
清兵衛商店は、噂に聞いていた以上の賑わいで、驚いてしまう。
「作ちゃんが見えないー」
「今日は何でこんなに待つの?」
「一目見ようと思っただけなのにー」
人だかりから聞こえる声を集約すると、いつもより混んでいる、らしい。
その内、言い争う大きな声が聞こえた。
「いい加減にして」
「買い物が済んだなら、どけてちょうだい」
「たくさん買ったから一人占めできるとか、そんな決まりは無いのよ」
そのうち、ざっと前の方の隙間が空くのが見えた。屈強な男が三人、客を威嚇して退けたらしい。
「お客様、困ります。あまり商売の邪魔をされると、十手持ちを呼ばなきゃなりません」
「貧乏人どもが五月蝿くて話せやしない。店頭の品を全て買うから、作次を私に寄越しなさい」
前方から甲高い声が言うと、周りの客から一斉に非難の声が上がった。
「すみません、お客様。おいら、売り物じゃねえんで。売る物が無くなったら家に帰りますけど」
作次は、殊更子どもっぽく言いながら、慇懃に頭を下げる。
「こんな小さな店の品なんて、全部買い上げてお前に休みをあげるから、私と一緒にいて頂戴」
「おいら、休みがあったら家に帰りますけど」
「やだ。まだ子どもね。お母様と一緒にいたいの?大丈夫よ、夕刻には帰してあげるから」
「いえ。母う……母は、亡くなっております」
「は?では、お父様と二人?なら、急いで帰ることないじゃない」
はあ、と作次は溜め息を吐いた。おいら、惚れた女と暮らしてるんで、と言いかけた言葉を飲み込む。
「他所のうちの事情に首を突っ込むもんじゃありませんや」
「そうです。買い上げて頂いたって仕事が無くなるわけじゃありやせん」
清兵衛も、相手が客とはいえ腹に据えかねて口を挟んだ。
身なりの良い女の顔が、苛々と歪む。
そこへ誰かが呼んで来たのか、男の声がかかった。
「何の騒ぎでえ?」
この辺りの揉め事を担当している岡っ引きの三左が来てくれたようである。屈強な男達が、はっと身を固くする。三左は武闘派で、腕っぷしが強かった。
「親分。営業妨害で困っておりました。助かります」
「おう。何でい、品物も無事じゃねえか。可愛いもんよ」
素早く清兵衛が現状を説明すると、くるりと辺りを見渡した三左が軽口を叩く。
「営業妨害なんてしてないわ。買ってやるって言ってんのよ。私は客よ?」
「店員は売り物じゃねえと何度言ってもきかねえんでさあ」
「ははあ。作、もてる男は辛いねえ」
「おいら、そんなこと望んじゃいねえですよ、親分」
「分かってらあ」
がはは、と豪快に笑った三左は、騒いでいた娘に凄んだ。
「作次にゃ好い人がいるんでい、あきらめな」
「は?な、何を言ってらっしゃるの?二人でお話しましょうと言ってるだけでしょう」
「作次の休みに頼んでみることだ」
「お断りします」
「作、まだ頼まれてもいねえよ?」
「親分さん、冗談きついや」
作次には心に決めた相手がいることは、清兵衛から聞いている。
「集まってる娘っこたちもよーく聞いときな。作次はもう、相手がいるんでい。買い物ついでに粉かけても、まったく無駄だからやめときな。見て楽しむ分には無料だから、存分にな」
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