【完結】ふたり暮らし

かずえ

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四 作ちゃん

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 おみつの家の前では、隣の家のおとみが、うろうろと様子を伺っていた。おみつを見ると駆け寄ってくる。

「おみっちゃん、おかえり。遅いから迎えに行こうかと思ってたんだよ」

 おみつの母が亡くなってから、おみつ一人での外出は今日が初めてであった。おとみは、心配で仕方なかったのだ。

「おとみさん、ただいま。お蕎麦を食べてきたの」

 おみつはまた、おかめにした説明を繰り返した。皆が心配してくれていることが、嬉しかった。

「作次郎だよ。今から、湯屋に行こうと思って」
「作次郎、作ちゃんだね。こんにちは。あたしはお隣のとみだよ」

 おみつは、はしょった説明しかしなかったが、おとみは何となく察して、にこにこと挨拶をした。おかめが長屋に通したということは、大丈夫ということなのだ。何も警戒することはない。

「こんにちは」

 作次郎は、観念したかのように小さな声で答えた。

「湯屋へ二人で行くのかい?一緒に行ってあげようか?着替えは?作ちゃんの着替えがいるんじゃないかい?湯屋の道具はある?ちょっと待っておいで」

 おとみは、尋ねているのに返事も聞かずに自分の家へと入っていく。
 呆気に取られている作次郎に、おみつはくすりと笑った。
 そうして、やっと作次郎の手を離し、おみつも自分の家の戸を開けると、背中に背負っていた風呂敷包みをよっこいしょ、と下ろした。布は、なかなか重たかったのだ。だが、これでまた食べて暮らしていける、と安堵した。困ったように立ち尽くしている作次郎を見て、二人分、頑張るぞ、と思う。久しぶりに、色んなことにやる気が湧いてきた。
 自分の着替えと、湯屋へ行くときの桶や手拭いを準備して出ると、おとみがたくさんの着物を抱えて待っていた。

「うちの子の着物がまだあって良かったよ。作ちゃん、使ってやっておくれ」

 昨年の暮れに亡くなったおとみの息子、大吉の着物だった。まだ処分できずに置いてあったのだろう。八つだった。

「そういえば、作ちゃんは幾つ?」
「九つ」
「なら、ちょうど使えるかもねえ」

 どさりと、おみつの家に着物を置いて、そのうちの一つを取ると手早く風呂敷に包む。

「はい。これとこれを持って。草履も湯屋で綺麗にしてから履こう。今は、裸足で出掛けるよ」

 ちゃきちゃきと、湯桶と手拭い、着替えを作次郎に持たせ、草履も手に渡す。天気が怪しいので、傘も一つ。
 作次郎が、湯屋とは何だと聞く間もなく、今度は三人で出掛けることになった。



◇◇◇

湯屋→銭湯。基本的に混浴。
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