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快璃の章

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 絶望の表情を浮かべた玻璃はりは、もう二度と口を開くことは無かった。

「俺たちの話は以上だ。帰らせてもらう。」

 みかどは全く納得しておらず、まだしゅを解くことを諦めていない様子であった。しかし、目の前の玻璃はりと自分の命を優先することにしたようである。

「俺たちに何かあればこの城は、即日落とされる。と言っても信じられないだろうな。俺たちが無事に帰るまで、玻璃はりもこのまま共にいてもらうよ。」
「どこへ帰るか知らぬが、すぐに兵をやる。」
「そうしたら、すぐに玻璃はりを殺す。……最後のみかどが貴方であろうと玻璃はりであろうと、俺はどちらでも構わない。」

 それは、絶縁宣言だった。父のことも玻璃はりのことも、嫌っていた訳ではない。玻璃はりの時戻しの術式のお陰で、生きてここにいるのかもしれない。俺は、最愛の透子とうこと結ばれ、子どもにも会えた。幸せな時を過ごしていると言ってもいい。
 今、重要なのは、みこを守ること。
 父と兄が、息子の身柄を狙ってくるというなら、排除するまでだ。
 絶句している父を置いて、俺たちは立ち上がった。術士に声をかける。

「お前も、転移の術式は展開できるのか?」
「さて?」
「できるなら、ここから移動させてくれ。その報酬に解放しよう。」
「致しましょう。茶番に飽きました。稀代の術士は、その力を失ったようだ。」

 彼の縄をほどき、隠れ家まで帰してもらう。術士が自分だけで転移して逃げたなら、それも仕方ないと思っていたが、しっかりと送り届けてくれた。彼はそのまま、すぐに姿を消した。もうあかつきの国に来ることはない、と言って。
 彼は、渡した術式を発動させた術士の顛末を知りたかったので付き合っていただけだったのだろう。きっと、いつでも逃げられたに違いない。もとはと言えば、あの術士が、時戻しの術式なんて言うものを玻璃はりに渡さなければ、こんなことにはなっていなかったのかもしれない。けれど、あの術式を欲したのは玻璃はりで、運悪く発動させることができてしまった。
 愛しいと思った相手の隣に立つためだけに。
 何度も、何度も人生をやり直し、共に生き続けた。
 次こそは、と思うたびに、様々な策を巡らすたびに、透子とうこの心がどこにあるかを知る。
 その心が、手に入らない絶望を深めながらやり直し続けたのだ。
 俺たちは、一人で生まれてこられたなら、良かったのだろうか……。
 よく似た作りの兄の顔を見ながら、その絶望を思った。
 


 
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