86 / 96
刃の章
10
しおりを挟む
血なまぐさい部屋で、話をするしかなかった。縛り上げたとはいえ、ここに入ってきた方法がおかしい奴らである。どんな手段で何をするか予測がつかない。掃除をするために目を離すのが恐ろしい。
「真鶴。話せ。」
快璃さまの言葉に、怪我をした側仕えが苦しそうに目を閉じた。傷の痛みもあるだろうが、そういうことではない様子だった。
「私が、傷を付けたのです。玻璃皇子に傷を。」
「俺は、記憶が薄い。分かるように教えてくれ。」
「玻璃皇子は、貴方を殺しました。弟を、殺しました。深剣さまを殺しました。快璃さまと透子さまのお子と鞠をこの世界から消しました。そうして、透子さまと二人で生きていきたいと望まれました。けれど、大切な人をすべて失った透子さまの願いはただ一つ。早く私も消してください、と。願いは叶えられ、玻璃皇子は、嘆きながら時戻しの術式を展開されました。私は、もうやめて欲しかった。これ以上、苦しい思いをしてほしくなかった。だから、痣に傷を付けたのです。そして、私も罪を償って死ぬつもりだった。」
「だが、術式は発動したのだな。また、俺たちは戻った。」
「ええ。そして、玻璃皇子は戻ったことを覚えていらっしゃらなかった。安堵しました。私は、すべては悪夢だと思い込もうとした。けれど、玻璃皇子の痣には私が付けた傷が残っていた。私に、忘れるなと戒めるように。」
「覚えていなかった……。」
透子が呟く。
「術式を使用する本人は、すべて覚えているものなのだ。そうでないと、世界は何度も同じことを繰り返すばかりだからな。」
術士が、つまらなさそうに言った。
「それ以外の者が覚えているかどうかは、よく分からない。何せ、発動できるのはそこのお方のみだ。術士に近しい者や、関わりの深い者、強い思いを持っていた者が覚えているのではないかとの推測はできるがね。」
「覚えていらっしゃらなかったことで、とても穏やかな日々でした。私は、これで全てが在るべきところに戻ったのだと思った。快璃さまと透子さまはご結婚され、玻璃皇子も帝となるに必要な伴侶を得られた。誰も死んではいない、玻璃皇子は殺していない。あとは、消えた二人さえ見つかれば、と。」
しん、と静まった室内に、玻璃皇子の無邪気な声が響いた。
「私はただ、透子と共に生きたかっただけだ。」
「真鶴。話せ。」
快璃さまの言葉に、怪我をした側仕えが苦しそうに目を閉じた。傷の痛みもあるだろうが、そういうことではない様子だった。
「私が、傷を付けたのです。玻璃皇子に傷を。」
「俺は、記憶が薄い。分かるように教えてくれ。」
「玻璃皇子は、貴方を殺しました。弟を、殺しました。深剣さまを殺しました。快璃さまと透子さまのお子と鞠をこの世界から消しました。そうして、透子さまと二人で生きていきたいと望まれました。けれど、大切な人をすべて失った透子さまの願いはただ一つ。早く私も消してください、と。願いは叶えられ、玻璃皇子は、嘆きながら時戻しの術式を展開されました。私は、もうやめて欲しかった。これ以上、苦しい思いをしてほしくなかった。だから、痣に傷を付けたのです。そして、私も罪を償って死ぬつもりだった。」
「だが、術式は発動したのだな。また、俺たちは戻った。」
「ええ。そして、玻璃皇子は戻ったことを覚えていらっしゃらなかった。安堵しました。私は、すべては悪夢だと思い込もうとした。けれど、玻璃皇子の痣には私が付けた傷が残っていた。私に、忘れるなと戒めるように。」
「覚えていなかった……。」
透子が呟く。
「術式を使用する本人は、すべて覚えているものなのだ。そうでないと、世界は何度も同じことを繰り返すばかりだからな。」
術士が、つまらなさそうに言った。
「それ以外の者が覚えているかどうかは、よく分からない。何せ、発動できるのはそこのお方のみだ。術士に近しい者や、関わりの深い者、強い思いを持っていた者が覚えているのではないかとの推測はできるがね。」
「覚えていらっしゃらなかったことで、とても穏やかな日々でした。私は、これで全てが在るべきところに戻ったのだと思った。快璃さまと透子さまはご結婚され、玻璃皇子も帝となるに必要な伴侶を得られた。誰も死んではいない、玻璃皇子は殺していない。あとは、消えた二人さえ見つかれば、と。」
しん、と静まった室内に、玻璃皇子の無邪気な声が響いた。
「私はただ、透子と共に生きたかっただけだ。」
60
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
死に戻り王妃はふたりの婚約者に愛される。
豆狸
恋愛
形だけの王妃だった私が死に戻ったのは魔術学院の一学年だったころ。
なんのために戻ったの? あの未来はどうやったら変わっていくの?
どうして王太子殿下の婚約者だった私が、大公殿下の婚約者に変わったの?
なろう様でも公開中です。
・1/21タイトル変更しました。旧『死に戻り王妃とふたりの婚約者』
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
幼馴染の公爵令嬢が、私の婚約者を狙っていたので、流れに身を任せてみる事にした。
完菜
恋愛
公爵令嬢のアンジェラは、自分の婚約者が大嫌いだった。アンジェラの婚約者は、エール王国の第二王子、アレックス・モーリア・エール。彼は、誰からも愛される美貌の持ち主。何度、アンジェラは、婚約を羨ましがられたかわからない。でもアンジェラ自身は、5歳の時に婚約してから一度も嬉しいなんて思った事はない。アンジェラの唯一の幼馴染、公爵令嬢エリーもアンジェラの婚約者を羨ましがったうちの一人。アンジェラが、何度この婚約が良いものではないと説明しても信じて貰えなかった。アンジェラ、エリー、アレックス、この三人が貴族学園に通い始めると同時に、物語は動き出す。
新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる