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刃の章

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「若、落ち着きなされ。」 

 平政ひらまさの声がする。落ち着いていられるか。どいつもこいつも、みこが必死に堪えてここにいることに気付いていない。

「本当の親だとしても、みこには初対面だ。」
「そう、そうね。」
「いきなり見知らぬ人に抱きつかれて怖かったのに、母親が心配だからここにいたんだろう?なのにお前、私は母親じゃないって言っただろう!」

 まりさんが息を呑んだ。言葉が分からなくても、分かることはある。

「みこには、あんただけが、心の拠り所だったのに。城で、あんたと離されてから、どんな目にあったか聞いたか?その言葉を操れるのは、あんただけなんだ。様子がおかしいことに気付いていたんだろう?」
じん。わたしが、伝えませんでした。」

 みこが、俺の肩口に顔を埋めたままで言う。

「怪我してる母に、心配させたく、なかったです。」

 その時、広くもない部屋の中央がおかしな光を放った。咄嗟に、みこを抱いたまま部屋の隅まで下がる。平政ひらまさは、まりさんの側へ走った。快璃かいりさまも透子とうこさんを抱えて壁際に下がった。

「本当に、素晴らしい。」

 ねっとりとした芝居がかった声音。

「あなたは、稀代の術士だ、玻璃皇子はりのみこ。」

 浮かび上がった術式の模様の上に、術士と玻璃皇子はりのみこ、側仕えと護衛の四人が現れた。

玻璃はり!」

 快璃かいりさまの声に一瞥もせず、玻璃皇子はりのみこは俺とみこだけを見ていた。
 呆然とするみこに、冷たい視線が落ちる。

「やはり快璃かいりの子か。私にも似ているとは、皮肉なことだ。」

 俺が刀を構えていることにも、動揺した様子は無かった。

玻璃はり。何の用だ!」

 商人の姿であったため、小さな護身用ナイフを持っただけの快璃かいりさまが声を張り上げる。透子とうこさんも、寄り添ってはいるが邪魔にならないようにナイフを構えていた。

「不敬だな、快璃かいり。今は何の身分も持たぬお前が、私を呼び捨てるなんて。」
「公の場では、弁えるさ。だが、今は不法侵入だ。」
「それは、こちらの台詞だな。城に置いていた筈の人間がここにいるのは何故だ。」

 確かに、城に不法侵入したのは俺だな。
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