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透子の章

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 その家は、普通の家だった。昔ながらの商家で、細々と日用品を商って続いている。通りに面して店があり、裏口に、二階の居住部分に続く引き戸があった。
 その引き戸を、緊張しながら、こんこんと叩く。

じん?」

 そう言いながら、引き戸を開けた少年を見た途端、私は気持ちを押さえられなかった。

透璃とうり……。」

 思わず、抱きしめてしまった。
 快璃かいりと本当によく似ていて、嬉しい。ああ、間違えたりしない。
 
「う、うわあああ。」

 どん、と突き飛ばされて思考が停止してしまった。一緒に来ていた快璃かいりが、慌てて抱き止めてくれたが、私は驚きすぎて呆然とする。

「みこちゃん、どうした?」

 店先から、悲鳴を聞いた店の者が一人、駆け付けてきた。近所の者も家から、ちらほらと出てくる。しまった。目立ってはいけないのに。

「ああ、今日、お客さんが来るって、みこちゃんに伝えて無かったかな。ごめんな、驚いたよな。お客さんもすみません。この子は、ひどい人見知りなもので。」

 私たちを見た店の者が、わざと大きな声で話しかけてくる。

「いえ。こちらこそ、不躾なことをしてしまって。文化の違いを忘れておりました。お許しください。」

 私は、慌てて取り繕う。快璃かいりは、私を突き飛ばした後で、玄関にへたりこんで震えている透璃とうりを、じっと見ていた。
 
「お騒がせして申し訳ありません。」

 と、近所の者へ頭を下げる。

「何でも無いなら、いいんだよ。」 
「みこちゃんが人見知りなのは、知ってるからね。」 
「みこちゃん、大丈夫なんだね?」

 口々に言いながら、自分の家へ帰ってくれることに、ほっとした。それにしても、まるで、かなり前からここに住んでいるかのような錯覚を起こさせる物言いだった。みこちゃん。それが、今の透璃とうりの呼び名なのだろう。
 私は、快璃かいりの腕から出て、座り込んだままの透璃とうりの前にしゃがむ。

「不躾なことをして、ごめんなさい。」

 目は合わない。

「早かったですね。じんが少し出掛けているので、中でお待ちください。それと、みこはあまり言葉が分からないので、考慮頂けると助かります。」

 言葉が分からない……。
 店の者の声が、ひどく遠くから響いた気がした。
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