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刃の章

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 寝息が聞こえはじめてからも、なかなか体からの強張りは取れなかったが、徐々に深く眠りに入っていく様子を見ていた。痩けた頬を、そっと撫でる。

平政ひらまさ。」

 小さく呼ぶと、応、と答えがあった。側仕えの服が天井から落ちてくるのを受け取り、着替える。
 
「これの、母の所に。」

 それだけ言い捨て、部屋を脱け出した。
 警備は、薄い。
 城の奥まった場所であるが、座敷牢のような造りであるのを過信しているのか、本当にこの二人のことをどうでも良いと思っているのか、おざなりな警備で、全く出入り自由だ。近付くつもりもないが、術士のところも同様である。
 みこの母と思われる女は、使用人用の布団に、ただ寝かされていた。こちらも、みこと同じような顔色になっている。座卓に置かれた食べ物を見た。手をつけられた様子は無い。足が折れて動かないのに、誰も介助しないのだ。たぶん、こちらを生かす気は無いのだろう。

「みこは、無事でしょうか。」

 様子を伺っていると、不意にか細い声が聞こえた。こちらの言葉だった。

「無事だ。」

 と言うと、ほっと息を吐いた。

「あなたは、言葉が分かるのだな。」
「…………。」
「ああ、唐突にすまない。俺は、みこの父母と名乗る人からの依頼で動いている。ここから、連れ出すつもりだ。」
「まさか、透子とうこさま……。」
「俺は、詳しい話は分からない。手紙のやり取りでは限界があってな。とにかく、みこを連れてこいと上司に言われている。」

 女は泣き出していた。

「あなたが、母では無いのか?」
「私は、みこの、母君の、側仕え…でした。」

 涙を流しながら、説明してくれる。

「異界へ、落とされ、十五年…。言葉も通じぬ場所で、二人で生きて、きました…。みこが小さいうちは、帰った時のためにと、こちらの言葉で話しかけていたけれど、いつしか諦め、私も、異界の言葉でしか話さなくなり……。二人で、ささやかな、二人の家を借りて、穏やかに暮らしはじめた、ところだったのに…。透子さま、生きていらっしゃった…。ああ、私は。」

 まとまらない切れ切れの言葉を、頭の中で整理する。言葉の違うところで暮らしていた。この側仕えが、母代わりにみこを育てた。小さい頃に、こちらの言葉で話しかけていたから、みこは少しなら聞き取りができている。こんなところか。

「とりあえず、あなたもここから出したい。ご飯を食べて体力を回復しよう。」

 
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