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刃の章

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 みるみる皇子みこの目が潤む。

「私は、みこ、です。」

 片言なのに、丁寧な言葉遣いでみこは言った。

「みこ?名前が、みこなのか?」

 便宜上、皇子みこと心の中で呼んでいた俺は驚く。みこが頷いた。本当に、そう呼ばれていたとは。

「みこ。色々と聞きたいことはあるが、まずは、ここを脱け出したい。ご飯をしっかり食べて、よく寝て、体力を取り戻そう。」

 みこが首を傾げた。長い言葉は聞き取りづらいのか?

「ご飯を食べて、寝よう。」

 言い直すと、こくり、と頷く。ようやく、膝から手を離した。着物がばさりと乱れる。
 もしかして、着物の着方が分からないのか?そういえば、すぐに覗きに来たときは、見たこともない黒い衣装を身に付けていた。
 俺は、そっと近寄って、夜着である浴衣に手を添える。これしか渡されていないのか。外へ出す気が無い証のような衣装。びくり、と震えるのへ優しく声をかける。

「着物を直してやる。じっとしてろ。」

 かたかたと震えながらも、じっとしているのがいじらしい。なるべく体には触れないように、綺麗に着せてやった。
 こんなに怯えるほどの、何をしたんだ?
 ずっと覗いているわけにはいかないとはいえ、目を離したことを後悔する。

「ありがとう、ございます。」

 たどたどしい言葉が聞こえた。強ばっていた頬が緩んでいるのを見て、ほっとする。それにしても、あまり言葉が分からないという風なのに、丁寧に話すなあ。

「食事は、食べられそうか?」

 食事を、ゆっくりと取り始めた様子を見ながら、話しかけてみる。言葉が違う場所にいたということは、食事も違ったりするのではないだろうか、と心配になったのだ。
 頷いたみこは、少し考えてから口を開いた。

「似て、ます。」
「なら、良かった。」
「あなたの、ごはん?」
「ああ、俺は食べてきたから、気にするな。」

 みこは、半分ほどを食べることができた。このやつれようだから、一度にたくさん食べるより、そのくらいの量の方がいいだろう。みこの内蔵が、きちんと機能しているらしいことを確認して一安心だ。
 うつらうつらとし始めたのも、正常な証、とほっとする。眠気で、ぼんやりしているのをいいことに、軽く支えて立ち上がらせた。嫌がらなかったので、そのまま布団へ移動して寝かせる。目を閉じかけて、やはり不安げにまばたきした。その目の上に、手のひらを乗せる。

「大丈夫。大丈夫。もう悪いことは起きない。」

 呪文のように呟けば、やっと目を閉じて眠りについた。
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