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透子の章

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 それは、突然だった。頭の中に流れ込んでくる記憶。知っているのに、ひどく曖昧で、けれど確かにあったと思わせる何か。
 その光景は、あまりに残酷で、私は気持ち悪さに吐き戻してしまいながら、意識を失った。
 意識が戻った後も、目を開けると頭痛が酷い。すぐに目を閉じたが、覚醒したことは気付かれていたようだった。

「大丈夫か。」

 その声を聞くと、安心する。

「ん。」
「どうした?」

 口を動かしても頭に響く。これが、記憶を取り戻したことによる頭痛なら、快璃かいりは大丈夫なのだろうか。

透子とうこ。」

 優しく頭を撫でてくれる手が心地好い。私は、大切なことを伝えなくてはならない。

「私たちに子がいたの。男の子。あなたにそっくりで。名前を二人で決めたくて、まだ決めていなかったから、みこと呼んでいた。」

 ひと息に言って、息を深く吸い、細く吐き出す。目を閉じている私の頭を、快璃かいりの手が撫で続ける。

玻璃皇子はりのみこに、奪われたわ。生きているのかどうかも分からない。」

 思い出した小さな手。

「いつも、お腹を空かせて、か細く泣いていた。私の乳の出が悪かったのに、乳母を呼んでもらえなかった。代わりの乳も無くて、私に貰うご飯をふやかして吸わせていた。」

 涙が頬を伝う。せめて、私の乳が出れば良かったのに。

「あなたの兄は、私の、私たちのみこを、おかしな術で穴に落とした。私の側仕えのまりと共に。」

 頭を撫でる手が止まり、その手は涙に濡れる頬を包み込む。

「私たちの元に、みこが還って来ない。今度こそ、腹一杯に乳を飲ませてやりたいのに。泣き顔と苦しげな寝顔しか見ないままに、別れてしまったあの子は、どうして私の腹に還って来てくれないのだろう。」

 止まらない涙が、快璃かいりの手を濡らす。

「すぐに、あかつきの国の学校へ通っている子どもを呼び戻そう。人質にされては、動きにくい。」

 快璃かいりの低い声が震えながら言った。

「俺たちが、この記憶を取り戻す何かがあったに違いない。それを探らなくては。」

 そっと体を起こされて、抱き締められる。

「俺は、あいつを許さない。」
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