【完結】何度でもやり直しましょう。愛しい人と共に送れる人生を。

かずえ

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玻璃の章

10

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 私に隠れて手配してあったな、という素早さで真鶴まなづるは産婆を連れてきた。年老いた体の小さな女で、腰が少し曲がっている。正直、この婆がいたところで、役に立つとも思えぬような者だった。

「医師以外の男は出てお行き!」

 しかし産婆は、部屋の様子を見るとすぐに声を張り上げ、私を追い出した。
 なんと無礼な。ぎり、と睨み付けても全く意に介することなく、お湯をたくさん沸かしておくように、と用事まで言いつけられ戸を閉められる。

「何故、出ていかねばならぬ。」
「邪魔でしかないからさ。」

 戸を挟んでそんなやり取りをした後は、もう透子とうこの苦しむ声が聞こえてくるばかりであった。
 しばらく戸の前にいたが、特に変化はない。苦しむ声だけが聞こえてくるというのは、なかなか堪える状況であった。
 立ち去るタイミングも失い、どうしたらいいのか分からないまま、時が立つ。
 
皇子みこ。昼餉を。」

 同じように、私に付き添い立ち尽くしていた真鶴まなづるがおずおずと声をかけてきた。

「そうか、そうだな。」

 はっとして立ち去ろうとすると、戸の向こうから産婆の声がする。

「昼食は来ないのか。産婦には食べやすい物にしておくれよ。少しでも回復しなくてはならない。」

 追い出しておいて、なんと勝手なことだ。と思ったが、確かにまだかかるなら、食事は必要かもしれない。
 そうして、食事を何度か届けさせ、私は二度、布団で寝た。ずっとそこにいることもあるまいと、仕事の合間に部屋の前に立つ。透子とうこが苦しむ声はどんどん力を無くし、一体どれだけかかるのかと不安になり始めた頃、か細い赤子の泣き声が聞こえた。

「お湯をたらいに入れて運んできておくれ。」

 産婆は、部屋の前に誰かいることを確信している物言いであった。真鶴まなづるが慌てて駆けていく。
 私は戸を開けて中へと入った。濃厚な血の臭いと、疲れはてた人々。か細い赤子の声。
 透子とうこは気を失っていた。やつれて、更に小さくなったような彼女を見ると、ほやぁほやぁと泣く赤子に腹が立つ。これのせいで、透子とうこはこんなに憔悴しているのだ。
 少しはぬぐってもらったのだろうか、血や羊水で濡れた小さな赤子は、恐ろしいことに私によく似ていた。
 いや、分かっている。
 私ではない。
 産婆はじろじろと私と赤子を見比べ、ふん、と言った。

「赤ん坊は、小さいけれど元気だよ。ただ、母親は良くないね。ここからが、大切だ。」 

 私の頭のなかは怒りで真っ赤に染まった。
 あれほど、赤子はどうでもいいと言ったというのに!
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