上 下
36 / 96
玻璃の章

8

しおりを挟む
「……医師には診せているのか?」
「いえ。」
「早急に手配しろ。」
「は。」

 父はふらつきながら出ていき、それきり何も言わなくなった。

 快璃かいり深剣みつるぎも見つからないまま時は過ぎてゆき、耶麻やまの国と我が国、あけの国と我が国とは一触即発の空気となった。
 預かった王子と姫を返せないのである。かたや行方不明、かたや体調不良。どちらにせよ、こちらにとっては意図せずとも人質となり、向こうから攻めてくることは無いが、兎に角王子を、姫を戻してほしいと矢の催促である。日を追うにつれ、向こうの使者も決死の覚悟で乗り込んで来るようになった。
 あけの国は、姫に一目会うまで帰らないと居座り、耶麻やまの国は行方不明と聞いて国境くにさかいまで軍を進めてきた。こちらからも、防御のためとして軍を配備する。いつ戦が起きてもおかしくは無かった。
 何と簡単なことだ。
 いつだったか、快璃かいりを戦場に送りたくて、考えて考えて戦を起こしたことがあったが、こんな簡単に戦は始まるものなのか。
 いや、まだ始まってはいないか。
 なんだか可笑しくなって、一人くつくつと笑う。

皇子みこ?」

 真鶴まなづるの訝しげな声。変わらず仕えてくれている。すべてを知って、弟の白露しらつゆを私に殺されて、お前はどんな気持ちでここにいるのか。
 ああ、もう何もかもが可笑しくて仕方ない。

「何でもない。」

 機嫌良く、私は答えた。 
 やり直すなら、二国もの間と緊張が高まっていようと、何なら以前、戦を仕掛けた東夷とういの国とも事を構えても、すべては無かったことになる。どうでもいいことだ。
 けれど。
 もし、このまま透子とうことの人生を歩んで行くのなら憂いは絶たねばなるまい。父は今、冷静さを少し欠いている。
 東夷とういとは、今のままの同盟関係が良いだろう。耶麻やまの国は、農業主体の、広いが人の少ないのんびりした国だ。こちらが本気を出せば、あっさり制圧できる。緊張状態を保って国境で睨み合いを続け、じわじわと国力を削いでいれば、そのうち根を上げることだろう。深剣みつるぎは嫡男ではない。長引けば、引くに違いない。
 あけの国は、潰してしまいたい。透子とうこの帰る場所など無くてよい。繋がりのある全てを燃やし尽くし、未練を断ってやろう。
 大体の腹案ができて、更に機嫌良く透子とうこの部屋へ向かった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

【完結】裏切ったあなたを許さない

紫崎 藍華
恋愛
ジョナスはスザンナの婚約者だ。 そのジョナスがスザンナの妹のセレナとの婚約を望んでいると親から告げられた。 それは決定事項であるため婚約は解消され、それだけなく二人の邪魔になるからと領地から追放すると告げられた。 そこにセレナの意向が働いていることは間違いなく、スザンナはセレナに人生を翻弄されるのだった。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

貴方の願いが叶うよう、私は祈っただけ

ひづき
恋愛
舞踏会に行ったら、私の婚約者を取り合って3人の令嬢が言い争いをしていた。 よし、逃げよう。 婚約者様、貴方の願い、叶って良かったですね?

処理中です...