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玻璃の章

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 戻れば、すべては無かったことになる筈。また、十歳からやり直せる。
 少し落ち着いてみれば、自らの手で人を殺めたのは初めてだったかもしれないと気付く。殺せと命じたことは何度もあったけれど。
 手に残る感触が、それは現実だと告げてくる。赤い汚れを流し、風呂の湯に浸かり臭いを消しても、それは決して消えない、私の罪。
 分かっている、分かっているんだ。
 快璃かいりの存在を消しても、透子とうこの中からその存在が消えないだろうことは。
 それならやはり、もう戻ってしまおうか。
 けれど。
 私は考える。初めて、初めて快璃かいりだけを消すことができたのではないだろうか。いつも、快璃かいりを消して透子とうこを残し、そして二人で生きていきたいと願っていた。
 なのに、何度やっても二人は共に死んでしまった。または、透子とうこが先に死んでしまった。
 快璃かいりに毒を盛れば、何故か透子とうこが口にした。快璃かいりに刺客を送れば、庇った透子とうこが死んだ。快璃かいりを戦場に送れば、何故か共に戦場に透子とうこがいて、二人で死んだ。
 挙げれば、きりがない。
 どうして、私を見てくれない。どうして、私の想いは届かない。二人は必ず引かれ合い、私は嫉妬に冷静さを失う。
 母の腹に生まれる前から共にいて、共に育ち、同じ顔をして同じ体格である私達の違いは、帝位に付くかどうかだけ。それなら、そんなものはいらないと言ってみたのに、父は頷いてくれなかった。
 私は、どうすれば良かったと言うのだろう。透子とうこは一人しかいない。
 逆上せるくらいまで風呂に入った私は、ふわふわとした頭で考える。もう少し生きてみよう、今世を。透子とうこが生き残ってくれた世界を生きてみよう。
 真っ青な顔の真鶴まなづるが体を拭いてくれるのを見る。

「もう、下がってよい。」

 と言うと、きっちりと寝るための浴衣を着せてくれてから、下がって行った。
 私は、この忠実な側仕えにとって、弟の白露しらつゆの仇になったのだろうか。今、何を考えている?
 戻っても、戻れないのかもしれない。
 


 
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