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玻璃 1

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快璃かいり皇子みこは戦死されました。」

 御簾みすの向こう側で平伏した伝令の声が響く。
 ひっ、と母の喉から引きつった悲鳴が漏れた。父が幾度か口を開いたり閉じたりしてから、唇をなめて声を出す。

「遺体は……。」

 掠れた声は途中で途切れた。

「帰ってきておられます。」
「会えるか。」
「は。」

 遺体は御簾の中に届けられ、私たちと対面した。死んでから日にちが経っているけれど、何か処置をしていたのだろう。見苦しいところは無く、臭いもしなかった。
 家族にすら見分けのつかなかった私と同じ顔は、手入れのできていない伸び放題の髪と日に焼けた肌、けた頬ですっかり違ってしまっている。
 これは一体誰なのだろう、という思いに捕らわれ思わず手を伸ばすと、側仕えの真鶴まなづるに止められた。

玻璃皇子はりのみこさま。いけません。穢れます。」

 ぴくりと手を引っ込める。そう、快璃かいりは死んでいるのだ。私と違う顔と体つきとなって。
 これで、透子とうこは私のものとなってくれるだろうか。弟を愛した愛しの姫。透子の愛した顔と体はもう、私しか持ってはいないのだから。
 
透子とうこ姫への連絡は?」
「それが……。」

 座って遺体との対面を見守っていた伝令はまた平伏して、額を床に擦り付ける。

快璃かいり皇子みこと共に戦死されてございます。」
「は?」

 自分のものとは思われないような声が出た。
 なんと言った?
 私は、透子姫の話をしているのだぞ?姫が戦死?何故、戦場に?

「二人でお互いをかばいあうように倒れておられました。穏やかな死に顔でございました。」
「……。」

 知らない。聞いていない。彼女は弟が戦場へ行くことになった後、傷心から自国へ帰った。それから一年。出した手紙には返事が来ていた。ずっと、本人の手書きの返事が。
 何故だ。どういうことなのだ。戦場だと?
 どうしてまた、二人は共に死んでしまったのだ。

 私は唇を噛みしめて、時戻しの術式を自らの血で書いた。
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