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第十章 されど幸せな日々
82 お茶を飲む作法? 成人
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「え?」
雫石母さまは、目を見開く。
緋色は聞こえないふりで、行くぞって俺たちに言った。母さまの声が、緋色に聞こえていない訳がないのに。
緋色は俺より耳が良い。俺は、左腕が吹き飛んだ時に左の耳も少し傷めていて、ほんの少しだけ左の耳の聞こえが悪くなっている。もともとが良いし、右が聞こえるから困ってはいないのだけれども。その、少しだけ左の耳の聞こえが悪い俺にも雫石母さまの声は聞こえた。緋色は、絶対に聞こえている。
「緋色さん」
母さまが今度ははっきり言ったので、緋色は前を向いた。
「せっかく来たのですから、なるちゃんとお茶でも飲んでいきなさい。おやつもあるのよ」
「いえ。おやつの時間はもう済んでいるので結構です」
「それなら、お茶だけ」
「連れがいますが。乙羽と壱臣もご一緒しても?」
「ええ?」
声を出してしまってから、壱臣は慌てて口に手を当てた。乙羽は、きゅっと口を閉じている。
「で、殿下。うちは、飲食の際の正しい作法をよう知りません。お誘いしてもろて大変に嬉しいんですけど、うちの食べ方、飲み方が皇妃殿下のお気に障られる可能性があります。そうなっては申し訳ないです。できれば、辞退させてもらえませんやろか」
んん、と背筋を伸ばした壱臣が、緋色に向かって言う。
ん? 作法? お茶を飲む作法?
「お茶を飲むのに、作法があるの?」
それは、聞いたことがなかった。
食事には、色々気を付けなくてはならないことがあって、それは毎日のご飯を食べながら教えてもらっている。ご飯は毎日三回食べるから、たくさん練習できる。と言っても、本当に簡単なことばかりだ。ちゃんと食事をしながら育った人なら知っていることを俺が知らないから、その時は緋色が教えてくれるってだけ。俺は、俺が知らないってことを知っているから、緋色の食べ方を見ながら食べている。緋色は、本当に綺麗に食べるから、緋色みたいに綺麗に食べられるようになりたい。
そんな風に、お茶を飲む時にも気を付けなくてはならないことがあるのか。
「あるのかもな」
かも?
「俺、その作法知らない」
「俺もよく分からん」
え? 緋色も? それじゃ俺には知りようがない。俺の食べ方、飲み方は緋色に教えてもらっているんだから。緋色が分からないことは、俺にも分からない。
「そんなわけで、母上。俺たちは全員、あまり上手にお茶を飲めそうにありません。お断りしても?」
全員? 乙羽は何も言ってないけど。上手にお茶を飲めそうだけどな。ま、いっか。
俺、ちょっと分かっちゃった。
緋色、早くおうちに帰りたいんだな。
車に乗ってただけだけど、戻ってきたばかりで疲れてるもんね。おうちに着いて、お迎えに出てくれた源さんと村正に、ただいまって言っただけ。すぐ皇城に呼ばれた。正装してたから、着替える手間がなくてよかったけどさ。
「それなら、食事に来なさい。食事の作法なら分かるのでしょう?」
「お断りします」
緋色の返事は、すごく早かった。
雫石母さまは、目を見開く。
緋色は聞こえないふりで、行くぞって俺たちに言った。母さまの声が、緋色に聞こえていない訳がないのに。
緋色は俺より耳が良い。俺は、左腕が吹き飛んだ時に左の耳も少し傷めていて、ほんの少しだけ左の耳の聞こえが悪くなっている。もともとが良いし、右が聞こえるから困ってはいないのだけれども。その、少しだけ左の耳の聞こえが悪い俺にも雫石母さまの声は聞こえた。緋色は、絶対に聞こえている。
「緋色さん」
母さまが今度ははっきり言ったので、緋色は前を向いた。
「せっかく来たのですから、なるちゃんとお茶でも飲んでいきなさい。おやつもあるのよ」
「いえ。おやつの時間はもう済んでいるので結構です」
「それなら、お茶だけ」
「連れがいますが。乙羽と壱臣もご一緒しても?」
「ええ?」
声を出してしまってから、壱臣は慌てて口に手を当てた。乙羽は、きゅっと口を閉じている。
「で、殿下。うちは、飲食の際の正しい作法をよう知りません。お誘いしてもろて大変に嬉しいんですけど、うちの食べ方、飲み方が皇妃殿下のお気に障られる可能性があります。そうなっては申し訳ないです。できれば、辞退させてもらえませんやろか」
んん、と背筋を伸ばした壱臣が、緋色に向かって言う。
ん? 作法? お茶を飲む作法?
「お茶を飲むのに、作法があるの?」
それは、聞いたことがなかった。
食事には、色々気を付けなくてはならないことがあって、それは毎日のご飯を食べながら教えてもらっている。ご飯は毎日三回食べるから、たくさん練習できる。と言っても、本当に簡単なことばかりだ。ちゃんと食事をしながら育った人なら知っていることを俺が知らないから、その時は緋色が教えてくれるってだけ。俺は、俺が知らないってことを知っているから、緋色の食べ方を見ながら食べている。緋色は、本当に綺麗に食べるから、緋色みたいに綺麗に食べられるようになりたい。
そんな風に、お茶を飲む時にも気を付けなくてはならないことがあるのか。
「あるのかもな」
かも?
「俺、その作法知らない」
「俺もよく分からん」
え? 緋色も? それじゃ俺には知りようがない。俺の食べ方、飲み方は緋色に教えてもらっているんだから。緋色が分からないことは、俺にも分からない。
「そんなわけで、母上。俺たちは全員、あまり上手にお茶を飲めそうにありません。お断りしても?」
全員? 乙羽は何も言ってないけど。上手にお茶を飲めそうだけどな。ま、いっか。
俺、ちょっと分かっちゃった。
緋色、早くおうちに帰りたいんだな。
車に乗ってただけだけど、戻ってきたばかりで疲れてるもんね。おうちに着いて、お迎えに出てくれた源さんと村正に、ただいまって言っただけ。すぐ皇城に呼ばれた。正装してたから、着替える手間がなくてよかったけどさ。
「それなら、食事に来なさい。食事の作法なら分かるのでしょう?」
「お断りします」
緋色の返事は、すごく早かった。
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