【完結】人形と皇子

かずえ

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第十章 されど幸せな日々

79 全員で行こう?  成人

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 緋色ひいろは、何も返事をせず振り向きもせずに謁見の間を出た。
 父さまに返事をしなくてよかったのかな? そう思って緋色ひいろを見上げたけれど、緋色ひいろは、まっすぐ前を向いて歩いていくだけだった。少し速い。

緋色ひいろ殿下」

 乙羽おとわが少し大きな声で緋色ひいろを呼び止めた。

「ああ」

 緋色ひいろがやっと足を止める。

「すまん。速かったか?」
「ええ」

 乙羽おとわは、大きな目で緋色ひいろをじっと見ながら頷いた。

「速かったのもありますけど、そうではなくて。……皇妃殿下のいらっしゃる場所はそちらの方向ではないのではないでしょうか?」

 緋色ひいろが、ふいっと乙羽おとわから顔を逸らした。
 んん?

成人なるひとと共に皇妃殿下に顔を見せてゆけ、と陛下は仰いましたでしょう? 知らぬ顔はできぬ仰りようであったかと思われます」

 顔を見せる? 俺と緋色ひいろが皇妃殿下に? 皇妃殿下って……。

「あ。雫石しずく母さま?」
「そうよ、なる。陛下は、皇妃殿下にお顔を見せてから離宮に戻りなさい、と仰ったの」
「ふーん」

 そっか。さっき母さまは謁見の間にいなかったもんな。謁見の間に来てくれていたら、顔を見せられたのだけれど。そういえば、母さまは謁見の間にあまりいない。そういうもんなんだと思っていたけれど、赤璃あかりさまはいたから、そういうもんではないのかもしれない。
 ま、よく分からないんだけれど。

「じゃ、行こ」
 
 それなら行くか、と緋色ひいろを見上げる。返事はなくて、緋色ひいろは、俺からも顔を逸らした。
 ん? あれ?

緋色ひいろ殿下。私と壱臣いちおみさんと半助はんさけは先に離宮に戻らせてもらいます。半助はんすけがいるから、三人で戻っても大丈夫でしょ?」

 常陸丸ひたちまるが、ちょっとだけ眉をぴくりと動かしたけれど、何も言わなかった。
 乙羽おとわは、ふわりと頭を下げて歩いて行こうとする。

「待て」

 緋色ひいろ乙羽おとわの手首を掴んだ。

「ああ! 緋色ひいろ! ……殿下。何してらっしゃるんです?」
「うるさい、常陸丸ひたちまる

 大きい声を出しそうになった常陸丸ひたちまるを黙らせてから、緋色ひいろ乙羽おとわにそっと言った。

乙羽おとわ。一緒に行こう」
「はい?」
「お前は以前、成人なるひとと共にあの人の部屋へ行ったことがあるんだろ? ということは、一緒にいても問題ないはずだ」
「あの時は、なるが金魚を見せてくれるって言うから力丸りきまると一緒について行ったら、まさかの皇妃殿下のお部屋だったというだけです。いつ訪ねてもよいという許可をもらったわけではありません」
「金魚!」

 そうだ、金魚。可愛い金魚に会いたくて、よく雫石しずく母さまの部屋に行っていた。乙羽おとわが一緒の時もあった。元気かな、金魚。最近は行っていなかったな。
 緋色ひいろは、雫石しずく母さまと一緒にご飯を食べた後で泣いていた。悲しい涙だった。その後から、俺は金魚に会いに行かなくなった。
 ……そうか。

「そういえば、最近は金魚には会いに行っていなかったのか」

 緋色ひいろは、乙羽おとわの手を掴んだまま俺に聞く。

「うん」
「何故?」
緋色ひいろが泣……あ、うーん、ええっと」

 あの時、緋色ひいろは、俺には何にも見えないようにしたいみたいに、ぎゅって抱っこしていた。だから、俺は、緋色ひいろが泣いているのは見ていない。ひくって喉が鳴っていたから、泣いているんだなって分かっただけ。それなら、知らないふりをした方がいいのかも。うん。
 でも、どうしよう。他に、金魚に会いに行っていない理由。うーん。

「ええっと、忙しくて……?」
「へえ?」

 嘘じゃない。他にやりたい事が色々あった。

「この国にもいないんだから、行く暇なんてあるわけないでしょ」

 乙羽おとわが言ってくれて、そりゃそうだ、と緋色ひいろが頷いた。
 ほっ。

「まあ、何でもいい。問題は今だ」

 緋色ひいろ乙羽おとわの手を離さない。
 しばらくして、うんと頷いた。

「うん、よし。このまま全員で行こう」
「は?」
「へ?」
「うちも?」

 静かに待ってくれていた壱臣いたおみが、ぽかんと口を開いた。
 ん?
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