【完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
上 下
1,283 / 1,321
第十章 されど幸せな日々

74 聞けることは聞いたらいい  成人

しおりを挟む
「皆さん、こんにちは。壱臣いちおみ言います。緋色ひいろ殿下んとこの料理人です。半助はんすけがお世話になっとります」
「あ、いえ、こちらこそ……」

 壱臣いちおみつごもりたちは、ぺこぺこと頭を下げあった。
 
壱臣いちおみ? 今、壱臣いちおみ言うた……?」
壱臣いちおみて、確か九鬼くきの……」
「え? 行方知れずの?」
「行方知れずは三男やろ?」
「そうやったな……。でも、長男も、跡取り辞退して別の仕事に就いたって発表されとったけど、どこにおるんか誰も知らんかったやん」
「確かに」
「このお人ってことですか?」
緋色ひいろ殿下んとこの料理人が?」
「料理人? 緋色ひいろ殿下んとこの料理人言うたら、アレ? アレの仲間ってこと?」
「あの強いのな。アレ、普通に料理しとったな、昼食ん時。ほんま、どうなってんのやろな」

 頭を下げ合った後で、壱臣いちおみ半助はんすけから少し離れたつごもりたちは、またぶつぶつ言っている。
 アレ? 強い料理人? 
 ああ、村次むらつぐか。
 料理人だよって俺、言ったじゃん。

「西国筆頭家の長男が料理人か」
「探っても分からんはずやわ……。予想もつかん」
「隠してもおらんのにな」
「な」

 壱臣いちおみつごもりたちに挨拶を終えると、ぶら下げていた手提げ型のお盆を休憩用の椅子の上に置いた。お盆部分と同じような硬い素材で腕にぶら下げられる部分が付いているお盆。
 あれ? いいな、あのお盆。あれなら俺も片手でも運べるぞ。

壱臣いちおみ。そのお盆」
「あ、成人なるひとくん、気付いた? ふふ。これなあ、この前街に行った時に見つけたんよ。なんか、塗りが施してある言うてえらい値が張ったんやけどな。思い切って買うてしもた」
「いい」
「そうやろ? いいやろ?」
「うん。欲しい」
「ふふ。またお店、教えるな。でもな、これ、ほんまに高いんやで。うち、こんな贅沢なもんを自分に買うたの初めてや」
「うー。そうかあ」

 でも、欲しいな。このお盆があれば、カートが無くてもお茶を運べる。お仕事ができる。
 頑張ってお仕事して、お金貯めて俺も買おう!

「仕事で使うものは買ってやる」

 緋色ひいろが、俺の顔をじっと見ながら言った。

「え? そう?」
「ああ。壱臣いちおみも。仕事の道具は必要経費だ。それ、買ってやるから値段を言え」
「ええー? ええんですか? でも、殿下。これ、ほんまにちょっと贅沢で」
「いい品は長く使えると聞く。いい買い物をしたな、壱臣いちおみ
「えへへ……。街歩きさせてもろて、ありがとうございます、殿下。好きな人と一緒に歩けて、買いたいもん買えて楽しいです」

 少し頬を赤くして笑う壱臣いちおみは、大人だけど可愛い。そうか。大人でも可愛い人は可愛いのか。

「やっぱり違うんちゃいます? 隊長」
「西国筆頭家の長男が、ちょっと塗りの施してある程度のお盆を買うんが初めての贅沢て事はないんじゃ……」
「せやけど、お前。あのお人、なんや上品やし」
「疑問が聞ける相手であるなら聞きなさい。それが一番、手っ取り早い」
「ぎえっ。は、は、はいぃっ」

 じいやが、音もなく四人に近付いて言った。
 だよね? 分からない人同士で話してても、ずっと分からないよね? 分かる人に聞くのが一番だよ。

「あの、壱臣いちおみさま」

 つごもりが、丁寧な手付きでお茶を湯のみに注ぐ壱臣いちおみに近付いてきた。

「ん? ちょお待っとってな。はい、どうぞ」
「ありがとうございます。あの、名字、を、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「え? ああ。うち、名乗るん忘れとった? 九鬼くきです。九鬼くき壱臣いちおみ。よろしくお願いします」
「やっぱり……」

 俺にも、聞きたいことあったら何でも聞いてね。分かることなら何でも教えてあげるから。
しおりを挟む
感想 2,394

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

処理中です...