【完結】人形と皇子

第十章 されど幸せな日々

66 そんな人 成人

「名乗りもせず、失礼を致しました、成人なるひと殿下。各務原かがみはら晦つごもりと申します。こんな格好をしとりますが、各務かがみ家配下です。本日、入城致しました。お見知りおきください」

　亀吉かめきちに、ちゅももいと呼ばれた人は、すいっと背筋を伸ばす。じいやは触れた手を離さなかったけれど、ちゅももい、いや、晦つごもりは気にもせずに包拳礼をした。亀吉かめきち、つごもりが言えなくてちゅももいになるんだな。可愛い。おーちゃんも、おーちゃ、だもんな。

「成人なるひとです。よろしく、晦つごもり」

　礼はもういいよ、と手を振る。
　晦つごもりは、は、と言ってすぐに手を下ろした。うんうん。西賀さいか国の人は反応が早くていい。
　そうやってきりっとした晦つごもりは、最近知り合った人によく似ていた。

「おーちゃんに似てる」
「へ？　は？　おーちゃん？」
「ぶ。ふふ。んん、失礼いたしました」

　口に出たら晦つごもりが首を傾げて、香月かづきが吹き出した。香月かづきは慌ててそれを止めて、でも笑顔のままで言う。

「成人なるひと殿下。晦つごもりさまは朧おぼろさまの弟ぎみです。よう似ていらっしゃいますよね」
「弟」

　そうか。兄弟はよく似ている人が多い。似てない人もいるけど。名字もおーちゃんと一緒。うん、了解。

「そんな似てない思いますけどね。ていうか、おーちゃん？　兄上、おーちゃんなんですか？」
「うん。亀吉かめきちが教えてくれた」
「おーちゃ、おる」
「ぶっ、ふふっ。なるほど。あー、若様。若様も、お久しぶりです。お元気そうで何よりです。はい。朧おぼろは先に着いとりましたやろ。今からまだ、たくさん来ますでね。うん。確かに若様は兄上のこと、おーちゃんと呼んどるように聞こえますね。ひゃひゃ。おーちゃん……ひひ」

　晦つごもりは楽しそうに笑う。さっきまでとは大違い。さっきまでは、上手にお城の使用人に紛れていた。仕事中の水瀬みなせや、村次むらつぐの母上の佐鳥さとりみたいに。
　あ。晦つごもりは、そういうお仕事の人？

「晦つごもりのことも、ちゅももいにする？」
「あ、いえいえ、成人なるひと殿下。俺のことは晦つごもりで。若様もすぐに晦つごもりと呼べるようになる予定ですんで、晦つごもりでお願いします」
「おーちゃんも朧おぼろでって言ってたな……」

　朧おぼろにするか。

「いや、兄上のことはおーちゃんのままでええですよ、殿下。呼びやすいですやろ？」
「うん」

　確かに呼びやすい。

「ほな、そういうことで。俺は殿のとこへご挨拶に、」
「いっしょいく」
「うん。一緒に行こ、晦つごもり」
「え？　あ、さいですか……」

　執務室へ案内してあげるよ。もう知ってるかもしれないけど。
　じいやは晦つごもりのすぐ横を歩く。

「あの。逃げませんよ？」
「はは。まあ逃げていただいても、それはそれで楽しいんですがね」
「うへえ。こりゃあ参った……」

　じいや、楽しいの？　晦つごもりが来て良かったね。