【完結】人形と皇子

かずえ

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第十章 されど幸せな日々

63 趣味のようなもの  成人

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 執務室にしている広い畳の部屋に入ったおーちゃん達にはまず、じいやが作った内緒の見取り図を見せた。西中さいちゅう国のお城は広いからね。何となくでいいから見ておかないと迷子になっちゃう。でも、見取り図を複製して一人ずつに渡す訳にはいかないから、覚えてもらうしかない。覚えるの苦手な人は言って。俺はばっちり覚えたから、案内するよ?
 執務室ではいつも通り、文官チームが書類に囲まれていた。でも、大急ぎで何かしている感じでもない。誰も目の下に隈はできていないな。よしよし。湯呑みもそれぞれの机に置かれていて、いい感じ。末良すえよしが作った料理も、ぽつぽつと机に置かれている。今日も末良すえよしは、この部屋でお料理をしていたみたいだ。いいねえ。楽しいねえ。今も、俺の後ろに玩具の料理道具を運んできて、せっせと鍋をかき混ぜている。お、味見までするんだ? 流石。

「おおお」

 おーちゃん達はみんな、それだけ言って黙って地図を眺めている。

「これは?」

 しばらくしてから、おーちゃんが言った。

「じいやが作った」
「な、るほど……? 九条さまが? こんな細かい作業までできはるとは」
「んーん。じいじじゃなくてじいや」
「あ」

 俺の服をぎゅっとつかんで立っていた亀吉かめきちが、部屋の一か所を指さした。
 お、すごい。

「やれやれ。末恐ろしい若君でございますな」

 じいやが俺たちの横で笑う。

「じいや。ただいま」
「おかえりなさいませ、成人なるひと殿下」

 俺たちが挨拶をしている横で、おーちゃん達がひゅっと息を飲んだ。その人たちへ向かって、じいやがぴしりと頭を下げる。

「一ノ瀬荘重むらしげと申します。成人なるひと殿下の護衛を、ただいま九条利胤としたねさまと交代いたしました。どうぞお見知りおきください」
「は、ははっ。各務かがみ家家老、各務原かがみはらおぼろでございます。こちらこそ、よしなに」

 うんうん。挨拶も終わったね。
 じいやのことだから、ここにいる人はもう覚えただろう。

「あの、これ、この見取り図は、一ノ瀬殿。その……」
「ふむ。ま、趣味のようなものです。城が好きでして。どう落とそうかと考えると、血沸き肉踊ります。あ、各務原かがみはらさま、呼び名は荘重むらしげでお願い致します。一ノ瀬は今回、幾人も連れてきておりましてな。一ノ瀬、と呼ぶと、反応してしまう者が多い」

 ふ、と気配がひとつ通り過ぎて行った。
 びく、とおーちゃんと何人かが反応する。
 流石、西賀さいかの使用人たち。何か感じた?

「は? 落と……? あ、いえ。名前呼び、でございますな。了解いたしました。ではその、うちもこの後、弟が参る予定ですんで、名前で」
「おーちゃんだって」
「ん、おーちゃ」
「ほうほう、おーちゃん。呼びやすくて親しみやすくて、大変によろしい。しかし、私が家老殿をおーちゃんと呼ぶのはいかがなものか」

 家老って偉いんだもんね? 殿さまの次だっけ? 教えてもらった。じゃあ、敬称がいるな。

「おーちゃん様?」

 ぷ、くくく、とあちこちで笑い声がし始めた。うつむいて肩を震わせている人もいる。
 様をつけると変だな。

「お、おぼろ、と呼んでいただけるとありがたく……」

 ええ? 俺、おーちゃんって呼び方好きだけどな。

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