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第十章 されど幸せな日々
47 分かりあえない(前) 西賀国役人
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「これ。持ってってやってください」
渡されたのは、大きめの握り飯二つ。
「お願いされたら食べ物をあげてたってくれ、いう話やったけど、腹が減っとったら動けんでしょ? 様子見に行かれるんでしたら、ついでにお願いします」
まあ、そやな、と納得して、握り飯を手に小屋へ向かった。今はがらくた置き場になっとる小屋の辺りは、誰もおらず静かやった。
「こんにちはー。まだ中におるか。入るで?」
中から出てきてはおらんと思う、とここへ来るまでに会った者たちが皆言うとった。気配もする。多分おる。
一応、こんこんと戸を叩いて声を掛けた。
「……っ、おそ……げ、げほっ、遅い。げほげほげほ」
中の人は、大きい声を上げようとして咳き込んだらしい。入ってええ、と静かにひと言答えてくれればそれで良かったのに。
とりあえず戸を引くと、むわっと酷い臭いがした。うわ、と思わず空いている方の手で鼻を押さえる。汚れとるから洗ってから引き渡す、と言うてたんやったな、と思い出した。汚れとるって、この臭いはそういう……?
「洗とらんのか」
「……っ、どの口が、う、げほげほ」
思わず呟くと、火鉢を抱えるようにして座っとった男が、また声を荒げようとして咳き込んだ。
仕方なく、近寄って背をさする。
「ああ、飲みもん持ってくんの忘れた。これで良ければ」
おにぎりの乗った皿を置いて、腰にぶら下げとった水筒を渡せば、男は、ひったくるようにして飲んだ。ひと息つくと、今度は置いた皿に釘付けになっとる。
「食べたいんか。その前に、礼は?」
「は? 礼?」
「そや。飲み物もろてありがとう、て言わなあかんやろ」
「は?」
臭い男は、ほんまに分かっとらん様子で眉をしかめた。いや、眉をしかめたいんはこっちなんやけど。
「お礼やん、お礼。そんで、おにぎりもな。食べたいんなら、これ頂いてもええですか、って尋ねてみなあかんよ?」
「は? 何を言うとる。このわしに、お前のような下っ端の若造に礼を取れ言うんか」
「……」
礼、の意味を履き違えとるな。俺は別に、平伏せえという気はないし、平伏させたいとも思っとらん。ただ、人として当たり前の礼の話をしとるつもりやったんやけど。けど、まあ。
「まあ、一応言うとくと、この城で家令を勤めとる者の息子やから、身分で言えば下っ端やない。各務に何かあれば、うちの当主が領主を務める事になるから、この国では上から二番目いうことになるんちゃうかな。俺は次男やけど、何番目の息子でもその家の者なら身分は高かろ? ほら、分かったか? ほな、礼をせえ」
「……ふん。わしよりは、はるかに下や」
いやいや。名字剥奪されとんやから、あんたがこの世で一番下やろ。
まあ。なかなか受け入れられんもんなんやろな、きっと。
めっちゃ偉そうにしとるもんな。
はあ。
「そやけど、言いたいんはそういうことやない。何かを人にもろたりした時の、当たり前の礼について話しとるんや」
「は?」
「人に何かをもろたり、してもろたりしたら、ありがとう、て言う。何かをして欲しい時は、お願いします、て言う。そういう話」
心底分からんって顔をされた。
いや、分からんのはこっちや。手持ちも何もないあんたがこの先生きていくには、まずはそうしてお願いをして、食べ物や着る物を手に入れんなんやろ。
その汚れた体も洗わんと、仕事もできんで?
渡されたのは、大きめの握り飯二つ。
「お願いされたら食べ物をあげてたってくれ、いう話やったけど、腹が減っとったら動けんでしょ? 様子見に行かれるんでしたら、ついでにお願いします」
まあ、そやな、と納得して、握り飯を手に小屋へ向かった。今はがらくた置き場になっとる小屋の辺りは、誰もおらず静かやった。
「こんにちはー。まだ中におるか。入るで?」
中から出てきてはおらんと思う、とここへ来るまでに会った者たちが皆言うとった。気配もする。多分おる。
一応、こんこんと戸を叩いて声を掛けた。
「……っ、おそ……げ、げほっ、遅い。げほげほげほ」
中の人は、大きい声を上げようとして咳き込んだらしい。入ってええ、と静かにひと言答えてくれればそれで良かったのに。
とりあえず戸を引くと、むわっと酷い臭いがした。うわ、と思わず空いている方の手で鼻を押さえる。汚れとるから洗ってから引き渡す、と言うてたんやったな、と思い出した。汚れとるって、この臭いはそういう……?
「洗とらんのか」
「……っ、どの口が、う、げほげほ」
思わず呟くと、火鉢を抱えるようにして座っとった男が、また声を荒げようとして咳き込んだ。
仕方なく、近寄って背をさする。
「ああ、飲みもん持ってくんの忘れた。これで良ければ」
おにぎりの乗った皿を置いて、腰にぶら下げとった水筒を渡せば、男は、ひったくるようにして飲んだ。ひと息つくと、今度は置いた皿に釘付けになっとる。
「食べたいんか。その前に、礼は?」
「は? 礼?」
「そや。飲み物もろてありがとう、て言わなあかんやろ」
「は?」
臭い男は、ほんまに分かっとらん様子で眉をしかめた。いや、眉をしかめたいんはこっちなんやけど。
「お礼やん、お礼。そんで、おにぎりもな。食べたいんなら、これ頂いてもええですか、って尋ねてみなあかんよ?」
「は? 何を言うとる。このわしに、お前のような下っ端の若造に礼を取れ言うんか」
「……」
礼、の意味を履き違えとるな。俺は別に、平伏せえという気はないし、平伏させたいとも思っとらん。ただ、人として当たり前の礼の話をしとるつもりやったんやけど。けど、まあ。
「まあ、一応言うとくと、この城で家令を勤めとる者の息子やから、身分で言えば下っ端やない。各務に何かあれば、うちの当主が領主を務める事になるから、この国では上から二番目いうことになるんちゃうかな。俺は次男やけど、何番目の息子でもその家の者なら身分は高かろ? ほら、分かったか? ほな、礼をせえ」
「……ふん。わしよりは、はるかに下や」
いやいや。名字剥奪されとんやから、あんたがこの世で一番下やろ。
まあ。なかなか受け入れられんもんなんやろな、きっと。
めっちゃ偉そうにしとるもんな。
はあ。
「そやけど、言いたいんはそういうことやない。何かを人にもろたりした時の、当たり前の礼について話しとるんや」
「は?」
「人に何かをもろたり、してもろたりしたら、ありがとう、て言う。何かをして欲しい時は、お願いします、て言う。そういう話」
心底分からんって顔をされた。
いや、分からんのはこっちや。手持ちも何もないあんたがこの先生きていくには、まずはそうしてお願いをして、食べ物や着る物を手に入れんなんやろ。
その汚れた体も洗わんと、仕事もできんで?
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