【完結】人形と皇子

かずえ

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第十章 されど幸せな日々

42 牛乳は飲み物か食べ物か  成人

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「ただいま」
「遅いぞ」

 緋色ひいろ梅光うめみつは、もう食事用の卓の前にいた。

「「ただいま帰りました。遅うなってすみません」」

 相変わらず息ぴったりの千寿せんじゅ寿々丸すずまるが、緋色ひいろに向かって包拳礼をする。

「遅くないよ? 早かったよ?」

 お風呂、あっという間だったもん。

「俺はお前に言ってんだ、成人なるひと。ああ、各務かがみの。お前たち、いちいち礼はいらん。覚えとけよ。俺と成人なるひとには、もう畏まった席以外での礼はいらんからな」
「「は、はい」」
「んー?」

 遅いって、俺? 俺、何もしてないけど?
 緋色ひいろに手招きされるままに隣に行くと、ひょいと膝の上に乗せられる。ほ、と体を預けそうになって、だめだめ、と背筋を伸ばした。
 今からご飯なのに、抱っこしてどうするんだよー。
 膝から降り……れないな?
 あれ?

「おかえりなさい、成人なるひと殿下。お風呂屋さんは如何でしたか?」

 いないと思ったら、千代ちよがご飯をお盆に乗せて運んできた。

「ただいま、千代ちよ。見て。これ、もらってきた」

 俺は鞄から、お風呂屋さんで記念にもらってきた紙の蓋を出した。飲んだジュースの蓋。
 やすさんに記念に持って帰っていいか聞いたら、どうぞどうぞ、って言ってくれたんだ。皆、そのゴミ箱にほかして行くだけですからお好きになさってください、だって。ほかす、は捨てるってことだな、きっと。ゴミ箱を覗くと、紙の蓋が幾つか入っていた。三種類の色があった。
 裏面が汚れているから洗った方がええですよ、とやすさんが教えてくれたので、脱衣所にあった水道で洗って、寿々丸すずまるに借りた手拭いで拭いてきた。コーヒーの色のは寿々丸すずまるにもらおうかと思ったら、うちも洗って持って帰ろ、って寿々丸すずまるが言ったので、ゴミ箱から白と茶色とを拾って、綺麗に洗ってきた。俺のはオレンジ色。美味しかったやつ。フルーツ牛乳って言うんだって。

「あら。ええですねえ。まあ、成人なるひと殿下。三本も飲んできはったんですか?」
「は?」

 ふふ。緋色ひいろがびっくりしてる。俺、三本も入らないよー。っていうか、一本も飲み切らなくて、寿々丸すずまるに残りを飲んでもらったよ。

「俺のはこれ」
「フルーツ牛乳ですねえ。甘くて美味しいやつですね」
「うん」

 フルーツ牛乳、甘くて美味しかった。甘いのが苦手な緋色ひいろには、甘すぎて飲めないかも。緋色ひいろとお風呂屋さんに行った時は、残りをどうしようか。常陸丸ひたちまるが飲んでくれるかな。ああ、でも、常陸丸ひたちまる緋色ひいろと同じで、甘い物はそんなにたくさんいらないんだった。大好きな乙羽おとわが差し出したものは、何でも食べるし飲むけど。
 力丸りきまるがいたら、俺の残した食べ物や飲み物を全部片付けてくれるから、安心なんだけどなあ。俺と同じで甘い物好きだし。辛いのや苦いの苦手だし。力丸りきまる、戻って来ないかな。

「こら」

 むに、と緋色ひいろの大きな手に頬をつぶされた。

「食事の前に飲み食いしたら、飯が入らなくなるだろー」
「ジュース、ちょっとだけ」
「牛乳は腹が膨れるんだよ」
「「え?」」

 って言ったのは、千寿せんじゅ寿々丸すずまるだけじゃなくて、梅光うめみつ千代ちよもだった。

「飲み物ですよ? 緋色ひいろ殿下。大して腹には溜まりませんて」

 寿々丸すずまるの言葉に、ははあ、と緋色ひいろが呟く。 

各務かがみ家はよく動くから、腹の容量が大きいんだな。そういや、鶴丸つるまる亀吉かめきちも、小さいのによく食うな」
「あ、殿下。つる兄様は、小柄な事を気にしとってやから、その、小さいは禁句で……」
「ええ?」

 鶴丸つるまるは、俺よりだいぶ大きいよ? 広末ひろすえと同じくらいはある。二人とも、伴侶の斑鹿乃むらかの松吉まつきちと同じくらいの高さだから、横を向いたらすぐに顔を合わせることができていいな、って俺は思ってるんだ。

「まだまだ成長期はこれからや、って言ってはるんですけど」

 ふはっ、と緋色ひいろが笑った。
 え? なになに?

「流石、お前の仲良しだな。よく気の合うことだ」

 あ、うん。
 俺も、今からまだまだ大きくなる予定だから一緒だね。
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