【完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
上 下
1,244 / 1,321
第十章 されど幸せな日々

35 お風呂屋さん  成人

しおりを挟む
「おお」

 色んなお店が立ち並ぶ商店街、そこへ入る少し手前の一角に、「お風呂屋さん」はあった。大きな煙突から、もくもくと煙が出ている。もくもく、もくもく。もくもく、もくもく。ずっと出ている。
 楽しい。
 車から降りて煙を見上げていたら、出入り口から人が出てきた。二つある出入り口のうち、紺色ののれんに白地で男と書いてある所から。じゃあ、この人は男ってことかな。もう一つの出入り口には、薄紫色ののれんに白地で女と書いてある。男と女で出入り口が別の店らしい。
 ん? あれ? 離宮うちのお風呂と同じ……? 
 うちのお風呂は二つあって、伴侶と二人だけで入りたい人は入る時間を予約して、その時間に入る。予約以外の時間には、それぞれに、男、女って書かれた札が下げられていて、いつでも入れるようになっている。大人の男女は、伴侶以外の人とは一緒にお風呂に入らないものだから、男と女で別にしてあるんだって。
 じゃあ、つまり、お風呂屋さんってもしかして、お風呂に入れる場所ってこと?

「嬢ちゃん、坊ちゃん、御印付きのお車でのお越しとは大層な! 何やありましたか!」

 お風呂屋さんから飛び出してきた男の人は、千寿せんじゅ寿々丸すずまるに頭を下げてから早口で言った。

「ああ、いや、なんもないで。普通に風呂に入りに来ただけ」

 寿々丸すずまるがいつも通りの様子で言うと、男の人は膝に手をついて、はああと大きく息を吐いた。

「なんや、もう。てっきり何やあったんかと……。それにしても今日は学校は? 平日でっせ?」
「公務で休み」
「あ、そや、やすさん。ほら、こちら、皇国の皇子妃殿下。うちら今からな、皇子様と妃殿下と会食なんや」
「ほんで身綺麗にしよ思たんやけど、城の風呂は洗いたてで湯を張るんに時間かかる言うから、やすさんとこ入りに来た。朝な、ほんまは一回、綺麗にしてんで? でも、猪出た言うから。なあ?」
「は、え? ひ、妃殿下……?」

 やすさん、と呼ばれた風呂屋が、壊れたおもちゃみたいにゆっくりと俺の方を向く。

「こんにちは。成人なるひとです」
「は、ははー。風呂屋の安次郎やすじろうですー」

 安次郎やすじろう、の上だけ取ってやすさん。せいさんやげんさんと一緒だ。うん。お店屋さんの店主の呼び名って感じ。
 やすさんは、その場にすぐに座って平伏してから、いや、と首を傾げて、あわわ、となった。

「ど、どやったっけ? こ、これやなかったか? あ、あ、どないしよ、ええっと」
やすさん、やすさん。こうや、こう」

 寿々丸すずまるが、包拳礼をして見せた。

「あ、ああ。ああああ。それやそれ」

 安さんは、慌てて包拳礼の形をとった。
 ふ、ふふ。

「あはは。もういいよ。立って立って」

 こんな所で座り込んだら汚れちゃう。お風呂屋さんは体を綺麗にする場所なんだから、お風呂屋さんの人が汚れてたら駄目じゃない?

「あ、あ、あの。ほんま、失礼を」
「え? ううん」
  
 何でだろう。全然失礼じゃなかったよ? 

「あの。俺、見せてね」
「へ?」
「お風呂屋さん」
「は、はあ……?」
「あ、やすさん。殿下は風呂は入ってないんや。でも、中だけ見てみたいんやて」
「あ、なるほど」

 立ち上がったやすさんは、ぱんぱんと汚れを払う。

「ほやけど、急なことやで、貸し切りにするんは直ぐには無理ですけど、よろしいんですか」
「あ、うん、もちろん。ええですよね、殿下?」

 千寿せんじゅの言葉に、俺はこくこく頷いた。貸し切り? そんなのいいよ。いつも通りのお風呂屋さんが見たい!
しおりを挟む
感想 2,394

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

処理中です...