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第十章 されど幸せな日々
35 お風呂屋さん 成人
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「おお」
色んなお店が立ち並ぶ商店街、そこへ入る少し手前の一角に、「お風呂屋さん」はあった。大きな煙突から、もくもくと煙が出ている。もくもく、もくもく。もくもく、もくもく。ずっと出ている。
楽しい。
車から降りて煙を見上げていたら、出入り口から人が出てきた。二つある出入り口のうち、紺色ののれんに白地で男と書いてある所から。じゃあ、この人は男ってことかな。もう一つの出入り口には、薄紫色ののれんに白地で女と書いてある。男と女で出入り口が別の店らしい。
ん? あれ? 離宮のお風呂と同じ……?
うちのお風呂は二つあって、伴侶と二人だけで入りたい人は入る時間を予約して、その時間に入る。予約以外の時間には、それぞれに、男、女って書かれた札が下げられていて、いつでも入れるようになっている。大人の男女は、伴侶以外の人とは一緒にお風呂に入らないものだから、男と女で別にしてあるんだって。
じゃあ、つまり、お風呂屋さんってもしかして、お風呂に入れる場所ってこと?
「嬢ちゃん、坊ちゃん、御印付きのお車でのお越しとは大層な! 何やありましたか!」
お風呂屋さんから飛び出してきた男の人は、千寿と寿々丸に頭を下げてから早口で言った。
「ああ、いや、なんもないで。普通に風呂に入りに来ただけ」
寿々丸がいつも通りの様子で言うと、男の人は膝に手をついて、はああと大きく息を吐いた。
「なんや、もう。てっきり何やあったんかと……。それにしても今日は学校は? 平日でっせ?」
「公務で休み」
「あ、そや、安さん。ほら、こちら、皇国の皇子妃殿下。うちら今からな、皇子様と妃殿下と会食なんや」
「ほんで身綺麗にしよ思たんやけど、城の風呂は洗いたてで湯を張るんに時間かかる言うから、安さんとこ入りに来た。朝な、ほんまは一回、綺麗にしてんで? でも、猪出た言うから。なあ?」
「は、え? ひ、妃殿下……?」
安さん、と呼ばれた風呂屋が、壊れたおもちゃみたいにゆっくりと俺の方を向く。
「こんにちは。成人です」
「は、ははー。風呂屋の安次郎ですー」
安次郎、の上だけ取って安さん。清さんや源さんと一緒だ。うん。お店屋さんの店主の呼び名って感じ。
安さんは、その場にすぐに座って平伏してから、いや、と首を傾げて、あわわ、となった。
「ど、どやったっけ? こ、これやなかったか? あ、あ、どないしよ、ええっと」
「安さん、安さん。こうや、こう」
寿々丸が、包拳礼をして見せた。
「あ、ああ。ああああ。それやそれ」
安さんは、慌てて包拳礼の形をとった。
ふ、ふふ。
「あはは。もういいよ。立って立って」
こんな所で座り込んだら汚れちゃう。お風呂屋さんは体を綺麗にする場所なんだから、お風呂屋さんの人が汚れてたら駄目じゃない?
「あ、あ、あの。ほんま、失礼を」
「え? ううん」
何でだろう。全然失礼じゃなかったよ?
「あの。俺、見せてね」
「へ?」
「お風呂屋さん」
「は、はあ……?」
「あ、安さん。殿下は風呂は入ってないんや。でも、中だけ見てみたいんやて」
「あ、なるほど」
立ち上がった安さんは、ぱんぱんと汚れを払う。
「ほやけど、急なことやで、貸し切りにするんは直ぐには無理ですけど、よろしいんですか」
「あ、うん、もちろん。ええですよね、殿下?」
千寿の言葉に、俺はこくこく頷いた。貸し切り? そんなのいいよ。いつも通りのお風呂屋さんが見たい!
色んなお店が立ち並ぶ商店街、そこへ入る少し手前の一角に、「お風呂屋さん」はあった。大きな煙突から、もくもくと煙が出ている。もくもく、もくもく。もくもく、もくもく。ずっと出ている。
楽しい。
車から降りて煙を見上げていたら、出入り口から人が出てきた。二つある出入り口のうち、紺色ののれんに白地で男と書いてある所から。じゃあ、この人は男ってことかな。もう一つの出入り口には、薄紫色ののれんに白地で女と書いてある。男と女で出入り口が別の店らしい。
ん? あれ? 離宮のお風呂と同じ……?
うちのお風呂は二つあって、伴侶と二人だけで入りたい人は入る時間を予約して、その時間に入る。予約以外の時間には、それぞれに、男、女って書かれた札が下げられていて、いつでも入れるようになっている。大人の男女は、伴侶以外の人とは一緒にお風呂に入らないものだから、男と女で別にしてあるんだって。
じゃあ、つまり、お風呂屋さんってもしかして、お風呂に入れる場所ってこと?
「嬢ちゃん、坊ちゃん、御印付きのお車でのお越しとは大層な! 何やありましたか!」
お風呂屋さんから飛び出してきた男の人は、千寿と寿々丸に頭を下げてから早口で言った。
「ああ、いや、なんもないで。普通に風呂に入りに来ただけ」
寿々丸がいつも通りの様子で言うと、男の人は膝に手をついて、はああと大きく息を吐いた。
「なんや、もう。てっきり何やあったんかと……。それにしても今日は学校は? 平日でっせ?」
「公務で休み」
「あ、そや、安さん。ほら、こちら、皇国の皇子妃殿下。うちら今からな、皇子様と妃殿下と会食なんや」
「ほんで身綺麗にしよ思たんやけど、城の風呂は洗いたてで湯を張るんに時間かかる言うから、安さんとこ入りに来た。朝な、ほんまは一回、綺麗にしてんで? でも、猪出た言うから。なあ?」
「は、え? ひ、妃殿下……?」
安さん、と呼ばれた風呂屋が、壊れたおもちゃみたいにゆっくりと俺の方を向く。
「こんにちは。成人です」
「は、ははー。風呂屋の安次郎ですー」
安次郎、の上だけ取って安さん。清さんや源さんと一緒だ。うん。お店屋さんの店主の呼び名って感じ。
安さんは、その場にすぐに座って平伏してから、いや、と首を傾げて、あわわ、となった。
「ど、どやったっけ? こ、これやなかったか? あ、あ、どないしよ、ええっと」
「安さん、安さん。こうや、こう」
寿々丸が、包拳礼をして見せた。
「あ、ああ。ああああ。それやそれ」
安さんは、慌てて包拳礼の形をとった。
ふ、ふふ。
「あはは。もういいよ。立って立って」
こんな所で座り込んだら汚れちゃう。お風呂屋さんは体を綺麗にする場所なんだから、お風呂屋さんの人が汚れてたら駄目じゃない?
「あ、あ、あの。ほんま、失礼を」
「え? ううん」
何でだろう。全然失礼じゃなかったよ?
「あの。俺、見せてね」
「へ?」
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「は、はあ……?」
「あ、安さん。殿下は風呂は入ってないんや。でも、中だけ見てみたいんやて」
「あ、なるほど」
立ち上がった安さんは、ぱんぱんと汚れを払う。
「ほやけど、急なことやで、貸し切りにするんは直ぐには無理ですけど、よろしいんですか」
「あ、うん、もちろん。ええですよね、殿下?」
千寿の言葉に、俺はこくこく頷いた。貸し切り? そんなのいいよ。いつも通りのお風呂屋さんが見たい!
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