【完結】人形と皇子

第十章 されど幸せな日々

19 可愛くて格好良い 成人

「へえ。硬いのにね」

　車なんて、すっごく硬いのに。よく突進しようと思ったな、猪。車になんて当たったら、当たり所が悪かったら死んでしまうのに。車を倒したって食べられる訳じゃないし。なんで突進しようと思ったのかな。

「そうですよね。そろそろ、トラックには勝てんって分かってもええ頃やのにな」
「ほんまや。だいたいが負けてひっくり返ってる所をとどめ刺されて、鍋に突っ込まれてしまうのにな」
「美味しいけどな」
「な」

　千寿せんじゅと寿々丸すずまるは、すぐに言葉を返してくれた。ぽんぽんと話す二人は息がぴったりだ。一緒に話をするのが、とても楽しい。

「美味しいの？」

　猪、食べれるんだ。俺、食べたことあるかな？　たぶん無いよね。今まで食べたことある食べ物で、これは猪の肉だよって言われたことないから。

「「美味しいです！」」

　おお。また声が揃った。二人は、本当に可愛いなあ。こんなに可愛いのに、猪を仕留めちゃうんだな。すごいな。

「そっか」

　また、広末ひろすえたちに教えてあげよう。猪、美味しいらしいよって。そしたらきっと、料理して出してくれるよね。楽しみだ。

「成人なるひと殿下、食べていってですか？」
「え？」
「「ぼたん鍋」」

　また二人で一緒に教えてくれた。
　ぼたん？　なに？

「そや。それがええな。な、姉上。ちょうど今、肉が手に入ったし、厨房に頼んだらすぐ作ってくれる思います。な？」
「うん。美味しいから、良かったら食べていってください」
「それがええな」
「な」
「おお」

　ぼたんって、猪の料理の名前？　俺、猪食べるの？　食べちゃうの？

「おお」

　緋色ひいろ、どうする？　食べる？　猪、食べちゃう？　俺、ちょっと味見してみたいかも。
　緋色ひいろに相談しようとしたら、外から声が聞こえてきた。大きな荷物の乗った台車が、森の中から出てくるのが見える。
　うわあ。でかい。猪、でかい。

「あれをトラックに積むのか？」
「「はい」」

　仲良く元気なお返事。

「それはなかなか大変そうじゃ。ちと手伝ってくるか。常陸丸ひたちまる、行くぞ」
「え？　いいんすか。二人で離れて」
「なあに、すぐじゃ。見えておるしな。それに、猪より強い二人がここにおる」

　じいじは、千寿せんじゅと寿々丸すずまるの頭をぐりぐり撫でた。

「「わわ」」
「二人とも、任せたぞ。わしらはあれを手伝ってくるのでな。緋色ひいろ殿下と成人なるひと殿下の護衛を代わりに頼む」

　二人は、細くて長い目をぱちっと開けた。それから、顔を見合せてにこっと笑う。

「「はいっ」」

　包拳礼をしながら元気なお返事まで、ぴったり。
　とっても頼もしい、可愛い護衛だ。
　緋色ひいろを見ると、くっくっと笑ってた。
　たぶん緋色ひいろの方が強いけど、でも、いてくれたら安心だ。ね？