【完結】人形と皇子

かずえ

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第九章 礼儀を知る人知らない人

141 安心できる場所  成人

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 俺が亀吉かめきちと手を繋いで戻った狭い部屋の前の廊下には、いつの間にかやわらかい敷物が敷いてあった。緋色ひいろが仕事をしているすぐ横。部屋の中の鶴丸つるまるたちが見えるところ。玩具を広げたら、部屋の出入りには少し邪魔かもしれない。まあでも、亀吉かめきちが大喜びしているからこれでいいか。

「はーうえ」
「亀、来たんか」
「きた」

 部屋の中に入っていった亀吉かめきちは、松吉まつきちにぎゅうってしがみついてにこにこした。亀吉かめきちが来たことに気付いていた松吉まつきちが、筆を置いてこちらを向いて待っていたから、二人でぎゅう、だ。俺もにこにこしてしまった。ん? 緋色ひいろが俺を手招きしてる。ええー? 緋色ひいろと俺はぎゅうってしなくてもいいよ。さっきまでしてたじゃん。亀吉かめきち松吉まつきちは久しぶりなんだよ、きっと。
 え? ぎゅうってするの? そう? 正装から着替えてお出かけしたままの服だから、くっつきやすくていいんだけど。うん、まあ、亀吉かめきちがぎゅうって終わるまで俺の仕事は始まらないし、ちょっとだけね。軍服だと色んな装飾が付いているし、手触りが硬いし、こういうことしにくかったもんね。
 そういえば、松吉まつきちたちも皆、正装から普段の動きやすい服に着替えている。だから、松吉まつきち亀吉かめきちも、ぎゅうってしやすそう。
 さっき、亀吉かめきちの動きが早くなっていたのは、いつもの動きやすい服だからか。うさぎの帽子がついたもこもこの服。足に沿ったズボン。靴下や着物用の靴下、足袋たび? だっけ? も脱いで裸足だ。歩いたり走ったりしやすいようになっている。亀吉かめきちにとてもよく似合う。やっぱりそれがいい。
 西国の正装だと、袴というのが歩きにくい。俺も着たことあるけど、広がってる布がちょっと邪魔だった。亀吉かめきちの着てた子ども用は広がりを抑えてあったけど、でもね。子どもはまだ、歩くのが下手くそだからさ。末良すえよしが袴を履いて歩いたら転びそうだな、ってちょっと思った。大人も子どもも動きにくいような正装は、ちょっと困るよね。うちも、殿下たちのように軍服を正装にしよかな、って鶴丸つるまるが言っていたのも分かる。もしする時は言って。皇城の衣装部に作り方を聞いてきてあげる。
 あ。鶴丸つるまる竹光たけみつも、亀吉かめきちにおいでおいでってしてる。亀吉かめきちがちょっと悩んでるの、面白い。松吉まつきちがいいのかあ、そうかあ。子どもって母上が大好きなんだよね。なんか分かる。赤ちゃんがお腹の中にいてから生まれるところまでを何人も見たから、母上を知らない俺でも分かったよ。
 生まれる前から守ってくれて、生まれてからもしばらくは一番近くで守ってくれる人だ。この人の側にいれば安心って分かるんだよね、きっと。だから、子どもは母上が好きなんだ。……緋色ひいろも、子どもの時は母上が好きだったのかな。今は、あんまり好きなようには見えないけれど。一番近くで守ってくれなければ、母上でも好きにはならないのかもな。
 俺は、母上とかよく分かんない。いなかったし。今は雫石しずく母さまがいるけど。母さまは母上のこと。伴侶の母上だから俺の母上にもなったらしい。でも、そう呼んでって言うから呼んでるから母さまなんだけど、うーん。亀吉かめきち末良すえよしみたいに、母上にくっつきたくなったりはしないかな。子どもじゃないから、そうなのかも。子ども以外は母上にぎゅってしにいったりしないし、まあそういうことか。
 俺は緋色ひいろが好き。緋色ひいろにくっつきたい。緋色ひいろも俺が好き。緋色ひいろも俺にくっつきたい。
 それでいい。
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