【完結】人形と皇子

かずえ

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第九章 礼儀を知る人知らない人

137 いつもここにいればいいのに  緋色

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 ほんの少し重みを増した体に、ふ、と口角が上がるのを感じた。抱えているとしっかりと顔が見えないのだが、いつも通りの静かな寝息が聞こえてきて安堵する。気を許して、全てを預けてくれる様子が愛しい。無性にキスしたくなったが、顔に唇が届かない。折角の休息を邪魔したくはないので、やわらかい髪に頬ずりするにとどめた。うん。良く寝ている。
 寝付くのが、思っていたより早かった。色々と気を回しているようだったから、寝入るには今少し時間がかかるかと思っていたんだが。
 本人や俺の想像より、疲れが溜まっていたのかもしれん。今回は生松いくまつを連れてきていないから、気をつけなくちゃならんな。
 いつものように、成人なるひとを胸に置いたまま書類を読み始めたが、背もたれがないと流石にきつい。

常陸丸ひたちまる
「布団っすか」

 分かっているくせに、小声で返してくる幼馴染をちらりと見る。お前、同じ状況で伴侶の乙羽おとわを布団に置くのか? 絶対置かないだろ。

「ばーか」
「はいはい。上等な座椅子三つ、探してきます。上等な座椅子をそのままここに置いておけば、成人なるひとの言っていた、ふかふかの座布団を準備してやりたいって要望も叶いますね」

 分かってるならとっとと行け、ばーか。
 だが優秀な護衛は、才蔵さいぞう那月なつきが部屋の前へ戻ってくるまで待った。戻ってくる気配を感じていたのだから、すぐに離れても問題なかったろうに。ここにいるのは、自分で自分の身を守れる武人ばかりだ。……だから、書類を相手に苦戦しているわけだが。

「駄目ですよ、殿下。成人なるひとが起きます」
「ちっ」

 それを言われると弱い。無意識下で俺への敵意を感じた成人なるひとは、己の身を顧みずに俺を守ろうとすることを知っている。あ、いかん。以前、朱実あけみに銃を向けられた時の怒りが……。ふう、と息を吐いてまた成人の頭に頬ずりした。うん。愛されてるんだよなあ。だから、成人なるひとの体が勝手に動くんだと思えば、心は満たされてく。

「殿下。これ、ざっと見た感じ、ほとんど、上長の裁可待ちまで済んどる書類やないですか」

 常陸丸ひたちまるが去って、部屋の前に才蔵さいぞう那月なつきが立った。この城の影がおかしな動きをしている気配はもう感じないから、そこまで厳重な警備はいらないと思うが、まあ仕方ない。俺たちはそういう身分だ。ほぼ制圧したとはいえ、敵地だしな。

「机に積んであるのは、大体そのようだな」
「ほな、裁可できるもんは、俺らでどんどん裁可していったらええんちゃいます?」
「俺ら?」
「殿下と俺と鶴丸つるまると……常陸丸ひたちまる?」
「何言ってんだ。俺と常陸丸ひたちまるを巻き込むな。やるならお前と鶴丸つるまると、竹光たけみつ玉鶴たまつる松吉まつきちだろう?」
「いや、うーん。いや、そうか。俺もあかんのちゃうか。俺や殿下がやると他国介入的な?」
「なるほど?」

 弐角と二人、鶴丸つるまるの方を向けば、麗しの顔が泣きそうに歪んでこちらを見ていた。
 
「まあ、その、なんだ。がんばれ?」

 読むのは手伝ってやる。 
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