1,178 / 1,321
第九章 礼儀を知る人知らない人
135 この部屋の人は 成人
しおりを挟む
「殿下、この部屋の者は?」
力丸が、お盆に残ったお茶を見ながら言った。お盆を置く場所がなくて手に持ったままだ。みんなが、お茶を飲み終えた湯呑みをまたお盆に戻しているので、湯呑みは相変わらず、ずらりと並んでいる。
力丸の言葉で、はじめて気付いた。確かに、この部屋にもともといた人が見当たらない。これだけたくさんの本や書類が片付けられずに置いてあるのだから、あのぺったんこの座布団に座って、机にほんの少しの隙間を空けて、書いたり読んだりしていた人がいたはずだ。座布団と隙間は三つだから、三人。たぶん、三人はいたはず。でも、見当たらない。
村次が、何人いるか分からないからって、大きなお盆に置けるだけいっぱいの湯呑みを置いてくれたから、その人たちの分もお茶はあった。力丸は、多い、重いって文句言ってたけど、常陸丸と才蔵と那月にも渡せたし、みんな飲んでくれたから、頑張って運んで良かったよ。もしその人たちがいても足りたんだけどな。いなくて残念だ。
「風呂に行かせた」
「風呂⁈」
「風呂」
「何で風呂……」
「薄汚れてたから」
「うす……? 城勤めの役人が?」
「おう」
「……あー、まあ、なんか、分かる気はしますけど」
力丸はそう言いながら部屋を見渡して、でもやっぱり首を傾げた。
「でも、ここ、城っすよ?」
「城だな」
緋色は、お茶を飲み終わったらさっき適当に置いた書類を手に戻されていた。流石、常陸丸。緋色にお仕事させるのが上手だ。
緋色、俺を抱っこしていると書類が読みにくいんじゃない? 俺、よけ……たら駄目なの? そう?
俺が緋色の腕から出ようとしたのが通じたみたいで、緋色の腕に力が入った。ここに居ろってこと? 今、分かったよ。
おお。俺たち、通じてるな。嬉しい。
嬉しくて、ずっとこうしていてしまいそう。暖かいし、気持ちいい。困ったなあ。俺、他にも仕事があるんだけど。
「ええっと。じゃあ、その人たち、風呂が済んだら戻ってくるんすか?」
「たぶん? まあ、まだかかるだろ。やつれてたから、飯も食ってこいと言っておいた」
「ええー? それ、ご飯から先にあげてくださいよ、殿下」
やつれてるお城勤めの人って聞いて、朱実殿下の所の文官さんがちょっと思い浮かんだ。たまにやつれてるんだよね。すごく忙しい時。朱実殿下の所の文官さんは、ご飯はちゃんと食べてるはずなんだけど。集中しすぎるとそうなるのかな。そういえば、三郎と斎も、やつれてる時あるもんね。生松や睦峯も。あ。衣装部の人たちもそうだ。
ここにいたのは、仕事を一生懸命やりすぎる人たちなんだな、きっと。
薄汚れてるってのがよく分からないけど、まあお風呂に入ったら綺麗になるだろう。
「あ」
「どうした」
やつれてる人がまずやることがある。
「お昼寝、させなきゃ」
そういう人はだいたい、目の下にくまがあるんだ。
力丸が、お盆に残ったお茶を見ながら言った。お盆を置く場所がなくて手に持ったままだ。みんなが、お茶を飲み終えた湯呑みをまたお盆に戻しているので、湯呑みは相変わらず、ずらりと並んでいる。
力丸の言葉で、はじめて気付いた。確かに、この部屋にもともといた人が見当たらない。これだけたくさんの本や書類が片付けられずに置いてあるのだから、あのぺったんこの座布団に座って、机にほんの少しの隙間を空けて、書いたり読んだりしていた人がいたはずだ。座布団と隙間は三つだから、三人。たぶん、三人はいたはず。でも、見当たらない。
村次が、何人いるか分からないからって、大きなお盆に置けるだけいっぱいの湯呑みを置いてくれたから、その人たちの分もお茶はあった。力丸は、多い、重いって文句言ってたけど、常陸丸と才蔵と那月にも渡せたし、みんな飲んでくれたから、頑張って運んで良かったよ。もしその人たちがいても足りたんだけどな。いなくて残念だ。
「風呂に行かせた」
「風呂⁈」
「風呂」
「何で風呂……」
「薄汚れてたから」
「うす……? 城勤めの役人が?」
「おう」
「……あー、まあ、なんか、分かる気はしますけど」
力丸はそう言いながら部屋を見渡して、でもやっぱり首を傾げた。
「でも、ここ、城っすよ?」
「城だな」
緋色は、お茶を飲み終わったらさっき適当に置いた書類を手に戻されていた。流石、常陸丸。緋色にお仕事させるのが上手だ。
緋色、俺を抱っこしていると書類が読みにくいんじゃない? 俺、よけ……たら駄目なの? そう?
俺が緋色の腕から出ようとしたのが通じたみたいで、緋色の腕に力が入った。ここに居ろってこと? 今、分かったよ。
おお。俺たち、通じてるな。嬉しい。
嬉しくて、ずっとこうしていてしまいそう。暖かいし、気持ちいい。困ったなあ。俺、他にも仕事があるんだけど。
「ええっと。じゃあ、その人たち、風呂が済んだら戻ってくるんすか?」
「たぶん? まあ、まだかかるだろ。やつれてたから、飯も食ってこいと言っておいた」
「ええー? それ、ご飯から先にあげてくださいよ、殿下」
やつれてるお城勤めの人って聞いて、朱実殿下の所の文官さんがちょっと思い浮かんだ。たまにやつれてるんだよね。すごく忙しい時。朱実殿下の所の文官さんは、ご飯はちゃんと食べてるはずなんだけど。集中しすぎるとそうなるのかな。そういえば、三郎と斎も、やつれてる時あるもんね。生松や睦峯も。あ。衣装部の人たちもそうだ。
ここにいたのは、仕事を一生懸命やりすぎる人たちなんだな、きっと。
薄汚れてるってのがよく分からないけど、まあお風呂に入ったら綺麗になるだろう。
「あ」
「どうした」
やつれてる人がまずやることがある。
「お昼寝、させなきゃ」
そういう人はだいたい、目の下にくまがあるんだ。
1,563
お気に入りに追加
5,083
あなたにおすすめの小説
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる