【完結】人形と皇子

かずえ

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第九章 礼儀を知る人知らない人

103 もうええで  成人

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「おっちゃん……」

 鶴丸つるまるが、真中まなかだった人の近くでぼそっと呟いた。聞こえたみたいで、真中まなかだった人がじろっと鶴丸つるまるを睨む。じいやに、腕を背中でまとめられて、体をぐっと押さえられているのに、睨むことができちゃうの、すごい。

成人なるひと殿下の問いにお答えせよ」

 じいやは、真中まなかだった人の頭を押さえながら言った。名字を無くしても、やっぱり勝手に頭を上げるのか。名字無しの罰をくだしたのに、全然変わらない。身分って、俺が習ったより、大事じゃないのかな?
 でも、じいやが俺を「殿下」って呼んだ。お外では、力丸りきまる広末ひろすえも、俺を「殿下」って呼ぶ。そうしたら、俺のことを知らなかった人たちが慌てて頭を下げる。そういうのが身分、なんだよな? やっぱり、大事なことのような気がするんだけど。

「え? は?」
「何故、お前がまだ城にいるのか、と成人なるひと殿下は問われている。西中さいちゅう国では皇国と同じく、名字無しの者は城へ立ち入る権利を持たぬはず。成人なるひと殿下ならずとも疑問だ」

 あ、やっぱり。やっぱり皇国と一緒だった。名字無しは、お城に入ることもできないんだね。離宮はお城じゃないから、広末ひろすえは名字無くてもいたけど。

「あ、ああ。それはあれや。あ、いや、あれです。ほれ、急にお役御免や言われたかて、後のもんが困るやないですか。何せ私はこの国になくてはならぬ唯一無二の……」
 
 なくてはならぬ? ゆいいつむに? んんー?

「あ、いや、その、引き継ぎっちゅうもんがありますやろ、引き継ぎっちゅうもんが。何もせんと無責任に城を後にするやなんて、そんなことようしません」

 引き継ぎ。引き継ぎね。ふんふん。
 
「上手くいってへんようやけど……」

 鶴丸つるまるが、そう言ってから真中まなかだった人を見て、それから、顔をそらして、くくくって震え始めた。
 え? 何なに? 鶴丸つるまるのいる場所から何が見えてるの?

緋色ひいろ、あっち」

 鶴丸つるまるのいる辺りを示したら、緋色ひいろが俺の行きたい方へ歩いてくれた。
 ふふ。流石、緋色ひいろ。俺の行きたい場所、分かってくれた。
 真中まなかだった人の後ろに回ったら、少しズレてる、偽物と本物の髪の毛の境目がみえた。

「ふはっ」
「あは」

 緋色ひいろと一緒に吹き出しちゃった。
 これ、偽物の髪、つけない方がいいよ、絶対。変だよ。何か、似合ってないし。やっぱり皆、自分の頭には、自分に似合った髪の毛が生えてくるものなんだよ。偽物を付けるにしても、元の髪の毛と似たものにした方がいいんじゃない? ……たぶん。

「な、何」
「今は、口を開く許可は与えておらん」

 上げようとする頭は、じいやにぐいぐい押さえられる。真中まなかだった人の偽物の髪は、どんどん位置がずれていく。

「ん、んんっ」

 壱鷹いちたかは口元に拳を置いて、咳をする振りをした。ちょっと笑ってる。弐角にかくはもう、ぶふーって吹き出してしまっていた。

二月ふたつきもの間、引き継ぎをしてくれとったって事やから、そろそろ充分やろ。ご苦労やったな。後は各務かがみに任して、出ていってくれてええ。大丈夫や。現場のもんに聞いたら何とかなる事は多いもんや」

 壱鷹いちたかの言葉は、きっと大事なことだなって思えるんだよな。何だろう。真中まなかだった人の言葉と何か違う。

「そ、そんな簡単なこ……」

 真中まなかだった人は、また勝手に口を開いて、がんってじいやに頭を押さえられた。

「名字無しが、名字持ちしかおらんとこで過ごすんはさぞかし大変やったやろ。頭を上げる暇もあらへんでなあ。ようここで引き継ぎしてくれたもんや。ご苦労さん。ありがとう。これからは頭下げんでも暮らせるとこで、のんびり過ごしてくれたらええからな」
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